従業員へサービス残業を無理強いしていたと主張され、従業員からサービス残業の残業代を請求されてしまった場合、企業は深刻な法的・財務的なリスクに直面します。
特に、従業員の退職後に未払い残業代請求をされてしまった場合、高額な遅延損害金が発生する可能性があり、企業経営に大きな影響を与えかねません。
1人の従業員からの残業代請求に止まらず、同じ状況下の複数の従業員からの残業代請求に発展する可能性もあります。
本記事では、従業員からサービス残業について訴えられるケースとその具体例、企業が取るべき対応策、そして訴訟を未然に防ぐための効果的な労務管理方法について詳しく解説します。
経営者や人事担当者の方々に、リスク軽減と健全な労働環境構築のための指針としてお役立ていただければ幸いです。
「弁護士に相談なんて大げさな・・・」という時代は終わりました!
経営者・個人事業主の方へ
サービス残業を訴えられるケース
未払い残業代の請求は、企業にとって大きなリスクとなります。
以下、具体事例を踏まえて解説します。
具体事例:大手飲食チェーンのケース (平成20年3月27日神戸地方裁判所尼崎支部判決)
ある大手飲食チェーンでは、店舗の責任者が従業員に対してサービス残業を強制していた事例がありました。
従業員がタイムカードを定時で打刻してから、実際には閉店作業を続けていたことが判明したのです。
このケースでは、従業員が自らの手帳や携帯電話の記録を証拠として、未払い残業代を請求されました。
具体事例:教育機関のケース (平成22年2月16日鹿児島地方裁判所判決)
ある教育機関では、教職員が課外活動やイベント準備のために長時間労働を強要されていました。
しかし、労働時間は公式として記録されておらず、結果としてサービス残業となっていました。
退職後、元教職員が未払い残業代を求めて訴訟を起こし、裁判所は教職員の主張を認めました。
具体事例:IT企業のケース (平成20年3月27日神戸地方裁判所尼崎支部判決)
あるIT企業において、プロジェクトの納期厳守のために、従業員が長時間労働を強いられていました。
従業員はプロジェクト管理ツールのログを元に、実際の労働時間を証明し、未払い残業代を請求。
この訴訟では、企業側の労働時間管理の不備が指摘され、多額の未払い残業代の支払いを命じました。
退職後にサービス残業を請求されると請求額が高額になる
退職後の未払い残業代請求は、企業にとって大きな財務リスクとなります。
在職中よりも請求額が高額になる主な理由は、労働基準法第114条によるものです。
(付加金の支払)
第百十四条 裁判所は、第二十条、第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第九項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。
悪質さの度合いによっては付加金が命じられ、支払わなければならない金額が最大で2倍になることも。
退職後の賃金請求に対する遅延損害金は年14.6%です。
一般的な民事訴訟の遅延損害金は年3%ですので、大幅に高くなります。
特に管理職からの請求では、高額の支払い命令につながる可能性があります。
よって、これらの理由から、企業は適切な労働時間管理と迅速な対応が求められるというわけです。
サービス残業訴訟に対する会社の対応
サービス残業訴訟への対応は、企業の評判や財務状況に大きな影響を与える可能性があります。
企業側には迅速かつ適切な対応が求められますが、同時に慎重さも必要です。
一般的に、初期段階での適切な対応がその後の展開を大きく左右することが少なくありません。
労働時間の精査を行う
サービス残業訴訟に直面した場合、まず必要なのは労働時間の精密な調査です。
以下の点に注意して調査を行います。
客観的な記録の確認 | タイムカードPCログ |
追加調査の必要性 | 追加調査の必要性タイムカードの打刻後の労働自宅での仕事 |
考慮すべき時間 | 休憩時間業務と関係のない時間 |
労働時間の精査は、複雑で専門的な知識を要します。
よって、多くの企業は労務専門家や弁護士のサポートを受けて対応するパターンが多いです。
特に、①「労働者」であるか否かや、②「労働時間」に当たるか否かが問題になるケースでは、専門家への早めの相談が必須です。
残業禁止の具体的指示
残業禁止の具体的指示は、未払い残業代の請求リスクを軽減するために重要な対策です。
神代学園事件(平成15年12月9日東京地方裁判所判決)での例を見てみましょう。
神代学園事件とは、音楽院の従業員が労働基準法上の管理監督者に該当しないとして、時間外労働の割増賃金支払いを求めた裁判です。
事件の流れは以下のとおりです。
- 学校法人が教務部の従業員に時間外労働禁止を指示
- 終業時刻後の残務は管理職に引き継ぐよう命令
- 裁判所は残業禁止命令後の残業代請求を認めず
このケースでは、従業員には管理監督者に認められる重要な職務や権限が与えられていないと判断され、第一審では従業員の請求が一部容認される結果となりました。
労働基準法の管理監督者要件には、職務の重要性、自由裁量性、待遇面での優遇が含まれると示された事件です。
ただし、一般的なケースでは形式的な禁止だけでなく、実際の業務量や労働環境も考慮する必要があります。
管理監督者の適切な認定
管理監督者の適切な認定は、残業代請求リスクの軽減に有効です。
厚生労働省の解説によると、管理監督者とは「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいい、労働基準法で定められた労働時間、休憩、休日の制限を受けません。」とされています。
管理監督者の判断基準は、以下のとおりです。
- 労働時間管理の裁量性
- 経営への関与度
- 給与水準
注意すべきは、形式的な役職名だけでなく、実際の業務内容や権限・待遇を総合的に考慮する必要がある、という点です。
固定残業代制度の適切な運用
固定残業代制度の適切な運用も、有効な対策です。
適正な固定残業代制度の要件は、以下のとおりです。
- 通常賃金部分と割増賃金部分の明確な区別
- 固定支給分が残業行為の対価として支給されること
固定支給額を超える割増賃金が発生した場合は、追加での清算処理が必要です。
清算処理を適切におこなうことで、サービス残業訴訟のリスクを軽減し、適切な労働環境の整備につなげられます。
固定残業代制度を利用する場合、基本給「組込型」と「手当型」で超過残業代や賞与の算出や、従業員の意欲の点で長短があります。
また、労働条件の不利益変更になってしまうこともあるので、注意が必要です。
ただし、各企業の状況に応じて最適な対策を選択し実施することが重要です。
サービス残業の是正に効果的な労務管理方法
サービス残業の是正は、企業にとって重要な課題です。
適切な労務管理を行うことで、未払い残業代の請求リスクを軽減し、従業員の健康と生産性が守れます。
前述の通り、退職後の未払い残業代請求は、年14.6%の高額な遅延損害金が発生するリスクがあるため、早急な対策が必要です。
勤怠管理システムの導入
勤怠管理システムの導入は、サービス残業の是正に役立ちます。
従来の紙ベースやエクセルによる管理から、ICカードやスマートフォンアプリを活用したシステムへの移行により、より正確な労働時間の把握が可能になります。
具体的には、タイムカードやPCログ、オフィスの入退室記録などの客観的な記録を基に労働時間を確認することが重要です。
勤怠管理システムの主な利点は以下の通りです。
- リアルタイムの労働時間を把握
- 自動集計機能による正確な残業時間の算出
- 労働時間の上限に近づいた際のアラート機能
- 長期的な労働時間トレンドの分析機能
勤怠管理機能により、タイムカードの打刻後の労働や自宅での仕事など、把握が難しい労働時間も適切な管理ができるようになります。
また、休憩時間や業務と関係のない時間の区別ができるようになり、より精密な労働時間管理が可能です。
残業申請制度の導入
残業申請制度の導入は、サービス残業を防止し、適切な労働時間管理を実現するために重要です。
「残業禁止の具体的指示」と関連して、この制度は残業の可視化と管理が可能となります。
効果的な残業申請制度の運用には、以下の点に注意が必要です。
- 明確な申請基準の設定
- 簡便な申請プロセスの構築
- 事後申請の取り扱いルールの明確化
- 上司による適切な判断と承認プロセス
- 申請された残業の傾向分析と改善策の検討
特に重要なのは、具体的な残業禁止命令を出し、残業申請の承認がない限り残業禁止であることを従業員に徹底させることです。
残業申請制度を通じて、どのような場合に残業が認められるのか、また残業が必要な場合はどのようなプロセスを経るべきかを明確にすることで、不必要な残業を抑制し、サービス残業のリスクを軽減できます。
社員とのコミュニケーションを増やす
サービス残業の是正には、制度の導入だけでなく、社員とのコミュニケーションを増やすことも非常に重要です。
また、従業員の実際の業務内容や権限、待遇を正確に把握するためにも、不可欠です。
効果的なコミュニケーション増進のためのアプローチには、以下のような対応策があります。
- 定期的な1on1ミーティング
- 匿名アンケート調査の実施
- オープンドアポリシーの導入
- 労働時間に関する研修の実施
- 業務効率化や残業削減の成功事例の共有
特に重要なのは、固定残業代制度を導入している場合の従業員とのコミュニケーションです。
固定残業代制度が適正と認められるためには、通常賃金部分と割増賃金部分の区別が明確にされていること、固定支給分が残業行為の対価として支給されることが必要です。
これらの点について従業員の理解を得るためには、丁寧な説明と定期的なコミュニケーションが欠かせません。
また、管理職とのコミュニケーションも重要です。
姪浜タクシー事件(平成19年4月26日福岡地方裁判所判決)のように、管理監督者の認定が適切に行われているかを定期的に確認し、必要に応じて見直すことが求められます。
姪浜タクシー事件とは…
元営業次長Xがタクシー会社Yに対して、時間外労働と深夜労働の割増賃金、及び退職金規定の変更差額を請求した事案のことです。
福岡地裁はXを管理監督者と認定し時間外労働の割増賃金請求を棄却する一方、深夜労働の割増賃金請求と退職金差額請求を認めました。
退職金規定変更は著しく不合理であり、変更前と同様の算定方法での退職金支払いを認めた裁判です。
コミュニケーションを図ることで、労働時間に関する問題を早期に発見し、適切な対策を講じることができるでしょう。
また、従業員の声に耳を傾ければ、モチベーションの向上や離職率の低下にもつながり、結果としてサービス残業の削減につながります。
まとめ
企業にとって、適切な労務管理は法的リスクの回避と従業員の福祉向上の両面で重要です。
特に、サービス残業に関する訴訟リスクは看過できません。
前述したとおり、退職後の未払い残業代請求では、年14.6%もの高額な遅延損害金や場合によっては付加金が発生する可能性があるため、日頃からの適切な対策が不可欠です。
一方で、万全の対策を講じていても、訴訟リスクの完全な排除は困難です。
そのため、日々の適切な労務管理を心掛けつつ、万が一の訴訟に備えた対策も並行して行うことが重要です。
対策を講じつつ、万が一訴訟に発展した場合に備えて、証拠となる記録の適切な保管や、労務管理の専門家や弁護士との連携体制を構築しておきましょう。
労働審判を申し立てられた場合、最初の書面(答弁書)での本格的な反論が要求されます。反論が、証拠に基づく十分なものになるように、日ごろからの証拠となる記録の適切な保管や整理についても重要です。
適切な労務管理と万が一の訴訟への備えを両立させることで、企業は法的リスクを最小限に抑えつつ、健全な労働環境を維持できるはずです。
サービス残業問題は完全に防ぐことは難しいですが、日々の適切な対応と準備により、リスクを大幅に軽減することが可能です。
経営者や人事担当者は、これらの点を十分に理解し、継続的な改善に取り組むことが求められます。
戦略法務として、商標・著作権・景品表示法など表示関係全般や企業法務、男女トラブルや交通事故などの私的問題、社内研修まで幅広く扱う
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