隣家から漂う柔軟剤や香水のにおいで頭痛や吐き気が止まらない。
家族や管理会社に相談しても「気のせい」と取り合ってもらえない。
近年、本来なら「いい香り」であるはずの匂いに悩まされている方は少なくありません。
日本消費者連盟と「香害をなくす連絡会」が2019年から2020年に実施したアンケートでは、回答者9,332人のうち約2割が香害(こうがい)によって学校や職場に行けなくなった、もしくは仕事を失ったと回答しており、被害発生源として隣家のベランダ干し洗濯物が4位に入っています。
この記事では、近隣の香害について、法律上の位置づけ、参考になる裁判例、具体的な解決方法についてわかりやすく解説します。
記事に入る前に・・・
だけど費用的に無理・・・という時代は終わりました。


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近隣からの香害とは何か


最近、洗濯物の香りや香水の匂いを感じると、体調が悪くなることがあるんです…。
弁護士単なる悪臭とは別の問題として、香りの害、いわゆる「香害」が社会問題化しています。
香害の定義と社会問題化の経緯
香害とは、柔軟剤、香水、芳香剤、消臭スプレー、お香などに含まれる化学物質由来のにおいによって、頭痛、吐き気、めまい、呼吸困難、皮膚炎、不眠などの健康被害が引き起こされる現象を指します。
2017年7月、日本消費者連盟が「香害110番」と銘打った2日間の電話相談を実施し、213件の相談が寄せられたことが転機となりました。
その後、消費者庁・厚生労働省・文部科学省・経済産業省・環境省の5省庁が連名で啓発ポスターを2021年7月に発行、2023年7月には表現を踏み込んだ内容で改訂しています。
常設の電話相談窓口としては消費者ホットライン「188(いやや)」が事実上の窓口です。
隣家のにおいに悩む人はどれくらい?
国民生活センターのPIO-NETによると、2014年度から2020年1月末までの累計928件の柔軟仕上げ剤関連相談のうち、64%にあたる594件が健康被害を伴う相談でした。
相談者の78%は30代から60代の女性で、家庭内で被害が発生したケースが81%を占めます。
香害は決して特殊な問題ではなく、ごく一般的な家庭で起きている健康被害です。
香害かもと思ったら|自分の症状をセルフチェック
以下のような傾向に心当たりがあれば、香害を受けている可能性が高いと言えます。
- 特定の場所(たとえば自宅の特定の部屋、共用廊下、エレベーターなど)に行くと体調が悪化する
- 隣家が洗濯物を干した日や換気扇を回した日に症状が出る
- 外出すると症状が和らぐ
- 風向きや天候によって症状の強さが変わる
重症化すると化学物質過敏症(CS)を発症する恐れもあり、この場合、外出や就労が困難になる方もいます。
なお、化学物質過敏症は2009年10月にICD-10対応標準病名マスターに登録され、医療機関で正式な診断病名として扱えるようになりました。
近隣の香害が起こりやすい代表的な発生源


自分の場合は、職場のエレベーターや部屋の窓を開けた時に体調不良を感じやすいです…。
弁護士特に香りがこもりやすい場所にいる際に、不調を感じやすい傾向にあるようです。
隣家のベランダ干し洗濯物
香害の原因として多く見られるのが、隣家のベランダで干されている洗濯物に付着した柔軟剤や香りビーズのにおいです。
マイクロカプセルに包まれた香料は衣類が動くたびに少しずつ放出されるしくみになっています。
こうした性質のため、においが長時間続き、被害につながっています。
風向きによっては、数十メートル先まで香りが届くこともあります。
換気扇・給気口・共用部分から流入するにおい
マンションでは、上下階や隣室の換気扇、給気口を通じて、お香やアロマオイル、芳香剤といったにおいが入り込むことがあります。
特に共用廊下やエレベーターは、すれ違った住民の香水、整髪料、香り付き衣類のにおいがこもりやすい傾向にあります。
エレベーターのような閉鎖空間では、利用者がいなくなった後も、数十分間にわたって香りが残りがちです。
また、玄関ドア前に置かれた芳香剤や消臭スプレーが、結果的に隣人に影響を及ぼすこともあります。
近隣の香害は法律違反になるのか


強すぎる香りは、たとえいい匂いでも法に触れないのでしょうか?
弁護士残念ながら、現行の法律ではただちに違反とすることはできません。
悪臭防止法は個人住宅には適用されない
「悪臭防止法」は、工場その他の事業場における事業活動に伴って発生する悪臭を規制する法律であり、個人の住宅から発生するにおいは規制対象外となります。
隣家の柔軟剤臭で行政が動いてくれない、保健所に相談しても「個人宅は対象外」と言われるのは、そのためです。
なお、家庭用品品質表示法においても、柔軟剤は指定品目に含まれておらず、香料の成分表示を義務づける規定はありません。
民法709条・710条と受忍限度
行政的な規制が及ばない場合、被害者が頼れるのは、「民法上の不法行為に基づく損害賠償請求」です。
民法では以下のように定められています。
民法709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
民法710条
他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
もっとも、違法と評価されるためには「受忍限度」を超えていることが要件となります。
これを超えた被害が継続している場合に、不法行為の成立が認められる可能性があります。
最高裁は、侵害行為の態様と程度、被侵害利益の性質、加害者が講じた措置の内容などを総合的に考察するという枠組みを示しており、下級審では被害の継続期間、申入れの経緯、加害者の認識なども踏まえて判断されます。
香害トラブルで参考になる判例と裁判例

結論から言うと、隣人の柔軟剤や香水を直接の原因として原告勝訴に至った民事判決は、現時点でほぼ確認できません。

そうなんですか…。
では我慢するしかないのでしょうか?
弁護士ただし、似たような裁判例から、どのような場合に法的責任が認められるのかを、読み取ることはできます。
マンション上階クレゾール散布事件(東京地裁平成19年7月25日)
3階居住者が多数の猫の消臭・消毒のためにクレゾールを室内とベランダに散布したことで、直下2階の居住者が頭痛や目の痛みを発症し化学物質過敏症に罹患したと主張した事案です。
裁判所は、被告に対し、人体にとって十分に安全な程度にまで適切な希釈を施したうえで、散布の場所、方法、量等について必要十分な注意を尽くす義務があったとし、その義務違反を認定して治療費等の支払いを命じました。
3か月後の環境測定でクレゾールは検出されなかったものの、近隣住民への聞き取りと医師の診断書を組み合わせた立証で、因果関係が認められました。
名古屋地裁平成24年12月13日のベランダ喫煙判決
マンション5階の70代女性が、直下4階の60代男性のベランダ喫煙によって帯状疱疹を発症したとして150万円を請求し、5万円の慰謝料が認められた事案です。
判決は、自己の所有建物内であっても、他の居住者に著しい不利益を与えていることを知りながら喫煙を継続し、何らこれを防止する措置をとらない場合には不法行為を構成することがあり得る、と判示しました。
マンションの使用規則が、ベランダ喫煙を禁じていない場合であっても、不法行為になりうるとされたのです。
この判決には、香害事案を考えるうえで、重要な3つのポイントがあります。
- 健康被害(帯状疱疹)との因果関係が否定されながらも、嫌悪感に対する精神的苦痛だけで慰謝料が認められた
- 被害者からの書面申入れ後の継続が、不法行為認定の起点とされた
- マンション居住者には近隣の煙が流入することについてある程度の受忍義務があるとして、認容額が低額に抑えられた
花王化学物質過敏症事件(東京地裁平成30年7月2日)
近隣事案ではありませんが、化学物質過敏症の業務起因性を正面から認めた重要判例です。
花王和歌山工場で1993年から2001年まで検査分析業務に従事した元従業員が、有機溶剤を換気不十分な環境で扱ったことで化学物質過敏症を発症したとして提訴。
裁判所は労働安全衛生法違反等を認定し、約2,000万円の支払いを命じ確定しました。
職場の安全配慮義務違反では2,000万円が認められる一方、近隣間で同種の被害が発生しても5万円程度しか期待できないという、制度的なアンバランスを浮き彫りにする判決でもあります。
公害等調整委員会で係属中の国立市マンション事件
令和7年(2025年)6月3日では、東京都国立市のマンション上階からの大気汚染による健康被害について、総務省の公害等調整委員会が原因裁定申請を受理しています。
家庭内製品由来の近隣紛争を国の紛争処理機関が正面から扱う初の事例になる可能性があり、結論は今後の近隣香害紛争の判断枠組みに影響を与える可能性があります。
なぜ近隣の香害訴訟はほぼ起きないのか
被害が広がっているにもかかわらず判決例が少ない背景には、次の5つの構造的な要因があると考えられています。
- 香料は数千種の成分が混合されており特定が困難であること
- 勝訴しても認容額が数万円程度に留まりやすく弁護士費用を回収できないこと
- 訴訟後も同じ建物・地域で生活を続ける必要があること
- 加害者が市販品を通常使用している自覚しかなく違法性意識を持ちにくいこと
- 重症患者は法廷出席自体が体力的に困難であること
こういった要因が重なり、被害が訴訟に至らず、解決できないままになっているのが現状です。
受忍限度を超えると判断されやすい要素

判例を踏まえると、請求が認められる可能性に関わる事実関係が見えてきます。
中でも重要とされるのは、書面(できれば内容証明郵便)による複数回の申入れを行ったにもかかわらず、その後も加害行為が継続していることです。
名古屋地裁のベランダ喫煙判決では、申入れ後の継続が違法性の判断の一つの起点とされています。
これに加えて、加害者が改善努力を一切行っていないこと、専門医による診断書があること、被害が長期にわたって継続していること、客観的な測定値(臭気指数や室内VOC濃度など)が取得できていることも、判断にあたって考慮されうる要素です。
近隣における香害の加害者は、ほとんどの場合、自分が誰かに健康被害を与えていることに気づいていません。
なぜなら、市販の柔軟剤を表示通り使っているだけという認識にとどまることが多いからです。
弁護士この「無自覚」を「故意または過失」へ転換するのが、書面による申入れです。

なるほど。
「自覚してもらう」ということが大事ですね。
すなわち、いつどんな症状が出ているか、何が原因と考えられるか、どのような改善を希望するかを書面に明記し、配達証明や内容証明で送付することで、相手の「知らなかった」という言い分を封じることができます。
近隣の香害トラブルを解決するための具体的な進め方

弁護士訴訟は最後の手段で、それ以前の段階で解決できるケースが大半です。

コストの低い手段から順に試していきましょう!
被害状況を客観的に記録する
解決に向けてまず行うことは、被害の客観的な記録です。
以下の5項目を記録しましょう。
- 日時
- 症状の種類と強度
- 推定される発生源
- 天候や風向き
- 加害行為が確認できた具体的な状況
スマートフォンのメモやスプレッドシートなどで日々の記録を残し、症状が強かった日には医療機関を受診して診断書をもらいます。
におい自体は写真や動画で証拠化しにくいため、医師の診断書、症状日誌、目撃した加害行為の記録を組み合わせて立証していくことになります。
管理会社・大家・自治会・行政・民間団体に相談する
加害者と直接交渉するのは、避けたほうが賢明です。
賃貸物件であれば管理会社や大家、分譲マンションであれば管理組合、戸建てであれば自治会や町内会を通じて、第三者経由で相談を持ちかけましょう。
たとえば「柔軟剤か芳香剤と思われるにおいで体調不良が出ており、医師の診断も受けています。建物全体への啓発掲示などをご検討いただけないでしょうか」といったように、犯人探しではなく解決協力の依頼の形にすると応じてもらいやすくなります。
また、自治体の環境衛生課や保健所、消費者ホットライン188、法テラス、警察相談専用電話#9110も利用可能です。
香害は悪臭防止法の規制対象外のため、行政が直接動くことは難しいですが、相談記録を残すこと自体が後の証拠になります。
民間団体としては、日本消費者連盟が事務局を務める「香害をなくす連絡会」、化学物質過敏症支援センターが代表的です。
相談することで、専門医療機関の紹介を受けられる可能性があります。
なお、「香害110番」は2017年のキャンペーンの名称であり、現在は常設相談窓口として稼働していません。
公害等調整委員会と弁護士相談
マンション内の被害については、総務省の公害等調整委員会への「原因裁定申請」という手続きが利用できる場合もあります。
前述した事例のとおり、2025年6月には国立市の事案が受理されており、訴訟と比べて費用負担が軽く、専門委員による調査を受けられる点が特徴です。
管理会社や行政に相談しても状況の改善が見られない場合は、弁護士に相談しましょう。
その際、まずは内容証明郵便による警告書の送付が行われることも多く、これだけで相手の対応が変化するケースもあります。
それでも解決に至らない場合は、民事調停、損害賠償請求訴訟、状況によっては差止請求訴訟へと進むことが検討されます。
もっとも、差止請求は受忍限度の判断がより厳格となる傾向があり、損害賠償請求よりハードルが高い点には注意が必要です。
解決手段を比較する


対面で話す、書面を郵送する、弁護士に相談する…。
いろいろな方法がありますが、どの方法を取るべきかはケースバイケースですよね。
弁護士前述のとおり、直接加害者と話すことは避けた方が無難です。
書面による申入れにかかるコストは郵便代と弁護士費用(依頼する場合)程度で、比較的取り組みやすい方法とされています。
対応に要する期間も、数週間程度が一つの目安です。
民事調停は申立費用が数千円からで、解決までの期間はおおむね3か月から半年程度とされることが多いでしょう(事案によって前後します)。
公害等調整委員会の原因裁定は、マンション事案などで活用でき、審理は1年以上に及ぶこともあります。
損害賠償請求訴訟は法的拘束力のある判決が得られる一方、期間は1年から2年程度を要することが多く、弁護士費用は少なくとも数十万円かかるのが一般的です。
また、請求が認められるかどうかは、個別事情に大きく左右されます。
弁護士弁護士に内容証明郵便の作成を依頼する場合の費用は、3万円から10万円程度が一般的です。
近年では、月額数千円の保険料で近隣トラブルに関する弁護士費用がカバーされる「弁護士保険」もあります。
こうした保険を活用することで、訴訟に至る前の段階でも、気軽に弁護士相談ができ、内容証明送付や交渉代理を依頼しやすくなります。
香害事案は訴訟まで行くと勝ち目が薄い領域だからこそ、訴訟前段階で動きやすくなる弁護士保険の意義は大きいと言えるでしょう。
近隣に苦情を伝えるときの注意点

「お宅のにおいで体調を崩している」とストレートに伝えると、相手は人格を否定されたように感じてしまい、防御的な反応を招くことになりかねません。
そのため、「うちの洗濯物にお宅の柔軟剤の香りが移ってしまうので、ベランダ干しの位置を相談できませんか」といったように、相手の人格ではなく具体的な物理現象に焦点を当てて伝えた方が有効です。

強い口調で責めるのではなく、あくまで「お願いベース」で話すことが大事ですね。
また、「公害」「迷惑」「やめてほしい」といった断定的・命令的な表現は反発を招きやすく、「お願い」「相談」「ご協力」といった協力依頼の言葉に置き換えるだけで、相手の受け止め方が変わる可能性は高いです。
弁護士口頭での協力依頼で改善が見られない場合は、書面での対応に切り替えましょう。
最初は普通郵便で穏やかな内容の文書を送り、それでも変化がなければ配達証明付きの書面、最終的には弁護士名義の内容証明郵便へと段階的に進めていきます。
こうした各段階の対応をすべて記録に残しておくことが、後の法的対応において重要な資料となりえます。
自分が「香害加害者」になっていないかのチェック

人間の嗅覚には順応性があり、毎日使っている柔軟剤の香りには慣れてしまい、自分では気づかないことがあります。

確かに、ずっと同じ匂いだと慣れてしまうことってよくありますよね。
そのため、自分では「ほのかに香る程度」と思っていても、周囲には強く感じられている場合があります。
香りの自己チェックする場合は、家族以外の人(久しぶりに会う友人など)に率直に意見を求めるのが有効です。
マイクロカプセル式の柔軟剤は風に揺れるたびに香り成分を放出するため、洗濯物をベランダに干すと香りが近隣へ広がることがあります。
香りによる周囲への影響を抑えたい場合は、室内干しに切り替える、もしくは無香料・低残香性の製品に変更するのが、現実的な予防策と言えます。
★簡単チェックリスト★
- 1年前と比べて香料の使用量が増えていないか(嗅覚疲労を起こしていないか)
- 柔軟剤の規定量を守っているか
- 香水をつけ過ぎていないか
- 制汗剤やヘアスプレーなど複数の香剤を使用していないか
- 部屋や車内に置く芳香剤は香りの強いものでないか
近隣の香害に関するよくある質問

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まとめ
近隣の香害は、規制法令の空白、立証の困難さ、慰謝料の少額性、近隣関係維持への配慮といった要因が重なって、被害が訴訟まで届きにくい構造になっています。
判決例が少ないのは、被害が存在しないからではなく、制度がまだ追いついていないためです。
一方で、訴訟前の段階で取れる手段は十分にあります。被害の客観的記録、医師の診断書、第三者経由での相談、書面による申入れ、弁護士への相談、調停、公害等調整委員会への原因裁定申請などです。
これらを段階的に積み重ねていけば、多くのケースで訴訟に至る前に解決が見えてきます。
香害は、社会的に認知されつつある問題です。
感じている不調を一人で抱え込まず、まずは記録を取ることから始めてみてください。書面の作成や交渉が不安な方は、弁護士保険の検討をおすすめします。
訴訟前の段階から、専門家のサポートを受けやすくなるはずです。

東 拓治 弁護士
福岡県弁護士会所属
あずま綜合法律事務所
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