匿名の情報発信(書き込みなど)で権利を侵害され、損害賠償請求や刑事告訴を行おうとする場合、まずは発信を行なった人を特定して個人情報を取得する必要があります。
そのために行われるのが、プロバイダに対する発信者情報開示請求です。
発信者情報開示請求はプロバイダ責任制限法に基づいて行う必要があります。
プロバイダ責任制限法は2022年10月に改正され、開示請求がやりやすくなりました。
今回は、発信者情報開示請求に関わるプロバイダ責任制限法の基本ポイントや、実際の開示請求のやり方、かかる費用などについてわかりやすく解説します。
記事に入る前に・・・
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発信者情報開示請求とは
そもそも、発信者をどうやって特定するのですか?
発信者情報開示請求について知るためには、インターネットサービスの仕組みを少し理解しておく必要があります。
ここでは、インターネット上で行われる情報発信の基本的な仕組みと発信者情報開示請求の概要をまとめます。
インターネット上で行われる情報発信の仕組み
インターネットで情報発信を行う際には、インターネット接続サービス(携帯電話や光回線など)を利用してインターネットに接続し、SNSやEC(ネット通販)などのサービスにアクセスして、そのサービスの仕組みを使って文章や動画をアップロードして公開します。
インターネット上では膨大な数の通信設備と情報端末(スマホ・パソコンなど)が互いにつながり、多種多様なデータのやり取りをしています。
一つひとつの設備・端末には「IPアドレス」という識別標識(いわば住所)が割り当てられ、これを目印にしてやり取りすることにより、データの誤送信を防いで的確な情報通信を実現する仕組みになっています。
スマホでインターネットに接続すると、携帯電話会社などのインターネット接続サービス事業者(アクセスプロバイダ)の設備からスマホにIPアドレスが割り当てられます。
SNSなどのサービスを利用すると、サービスを運営する事業者(コンテンツプロバイダ)の設備にスマホのIPアドレスが伝えられ、設備のIPアドレスがスマホに伝えられます。
これにより互いに居場所が通じ、サイトの閲覧やコメント投稿などの情報発信が行えるようになります。
インターネット接続、SNSのログイン・ログアウト、投稿などが行われる度に、IPアドレスや日時(タイムスタンプ)などの情報が記録されます。
これらの通信記録は発信者にたどりつくための鍵となります。
発信者情報開示請求の流れ
発信者情報開示は、以下のいずれかの方法で行われます。
A
コンテンツプロバイダに、発信を行なったユーザーの個人情報(氏名・住所など)を開示してもらう
B
- コンテンツプロバイダに、発信を行なった端末のIPアドレスを開示してもらう
- そのIPアドレスがどのアクセスプロバイダから割り当てられたかを特定
- そのアクセスプロバイダに発信者の個人情報を開示してもらう
個人情報を登録して利用するSNSやECサイトの場合、コンテンツプロバイダ(運営者)は発信者の個人情報を把握しているため、その開示を直接請求できます(A)。
個人情報の登録なしで誰でも書き込めるネット掲示板や、メールアドレスの登録のみで匿名アカウントが作成できるSNSなどのサービスの場合、コンテンツプロバイダは発信者の氏名などを把握していません。
その場合でも、アクセスプロバイダは回線契約の際に利用者の個人情報を把握しています。
そこで、コンテンツプロバイダにIPアドレスなどの通信記録のみ開示してもらい、そこからアクセスプロバイダにさかのぼって発信者の個人情報の開示を請求する、という二段構えの手続き(B)をとります。
実際上は、Bの手続きをとることになるケースが一般的です。
発信者情報開示請求とプロバイダ責任制限法
IPアドレスや氏名・住所をみだりに開示することは、プライバシーや表現の自由、通信の秘密を侵害することにつながり、憲法をはじめとする法律に反するおそれがあります。
一方、インターネット上の発信で権利侵害を受けたと感じている人には司法に訴える権利があり、匿名の発信に対しては発信者の情報を取得する必要があります。
プロバイダとしては、発信者情報を開示するにしても開示しないにしても法的なリスクがあり、自らの判断で開示の可否を判断することは困難です。
こうしたことから、プロバイダ責任制限法が制定され、発信者情報開示や書き込みの削除を請求するための条件・手続きや、プロバイダの法的責任の限度が定められました。
インターネット上の発信で権利侵害を受けた人は、同法に従ってプロバイダに発信者情報(IPアドレスや個人情報)の開示を請求します。
通例、プロバイダは裁判所の判断がなければ請求に応じないため、発信者情報開示には裁判手続きが必要になります。
裁判手続きには、
- 民事訴訟
- 仮処分命令申立て
- 発信者情報開示命令申立て
があります。
①②では、各プロバイダに対して個別に(典型的には計2回)開示請求を行う必要があり、時間がかかるのが難点です。
③は、その難点を解消するために2022年10月施行の改正プロバイダ責任制限法で創設された制度で、一体的な手続きにより比較的短期間で開示が完了します。
どんな時に発信者情報開示請求を行うのか
発信者情報開示請求を行うのは、インターネット上の発信により権利侵害を受けた人が、損賠賠償請求や刑事告訴のために発信者情報を取得する必要がある場合です。
具体的には、主に以下のようなケースで発信者情報開示請求が行われます。
SNSなどで誹謗中傷の書き込みを行った人に対し、損害賠償(慰謝料)や謝罪広告を求めたり、名誉毀損罪や侮辱罪での刑事告訴をしたりする場合
SNSなどでプライバシーに関わる情報を晒したり、自分が写った写真を勝手に公開したりした相手に対し、プライバシー侵害や肖像権侵害を理由として損害賠償を請求する場合
SNSの偽アカウントで自分になりすまし、誹謗中傷やプライバシー侵害にあたる行為を行なった相手に対し、損賠賠償請求や刑事告訴を行う場合
自分の著作物を勝手にインターネットで発信した相手に対し、著作権侵害を理由とした損賠賠償請求や刑事告訴を行う場合
発信者情報開示請求の6つの要件とは
発信者情報はプライバシーや表現の自由、通信の秘密に関わる事柄であるため、発信者情報開示を請求できるための要件がプロバイダ責任制限法で厳格に定められています。
「特定電気通信による情報の流通」であること
WebページやSNS、電子掲示板など、不特定の人に向けて公開することを前提としたインターネット通信(特定電気通信)における発信だけが開示請求の対象となります。
電子メールやLINEメッセージなど、特定の相手への情報発信や、テレビ・ラジオなどの放送による情報発信は対象外です。
情報開示の請求者が「自己の権利を侵害されたとする者」自身であること
発信者情報開示を請求できるのは、情報発信により自身の権利が侵害されたと考えている当事者(個人、法人、その他の団体)です。
権利を侵害されたことが明らかであること
法律に照らし、権利侵害の事実が明白であることが求められます。
これには「違法性阻却事由の存在をうかがわせるような事情が存在しない」ことも含まれます。
例えば名誉毀損の場合、
- 公共の利害に関する情報発信が、
- もっぱら公益を図るために行われ、
- 発信された事実が真実であることが証明された
場合には、たとえ一般的な意味では名誉が損なわれていても、法律上は名誉毀損が成立しません。
①〜③は「名誉毀損の違法性阻却事由」です。
権利侵害が明白かどうかは、実際上は裁判所の判断に委ねられるのが通例です。
情報開示を受けるべき正当な理由があること
損害賠償請求や刑事告訴に必要であるなど、発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がなければなりません。
私的制裁を行うことを目的としている場合や、賠償金が支払い済みで損害賠償権が消滅している場合などは、正当な理由があるとは見なされず、請求ができません。
開示を求める相手が「発信者情報」を保有していること
開示を求める相手(プロバイダなど)が、自ら管理するサーバや委託先のサーバに発信者情報を保管しており、請求にしたがって提示可能であることが必要です。
サーバのどこかに発信者情報が存在するとしても、それを抽出するのが不可能であったり、莫大なコストが必要であったりする場合には、事実上請求が行えません。
開示を求める内容が「発信者情報」に該当すること
開示請求の対象となるのは、発信者の特定に必要な情報(発信者情報)です。
具体的には、以下のA〜Gのいずれかに該当するものに限られます。
- 権利を侵害する情報(侵害情報)の発信を行った発信者の氏名、住所、電話番号、メールアドレス
- 侵害情報の発信を行った端末のIPアドレス(+IPアドレスと組み合わされたポート番号)、インターネット接続サービス利用者識別符号、SIM識別符号
- Bの端末から侵害情報の発信が行われた日時を証明する情報(タイムスタンプ)
- 侵害情報の発信に関連する者の氏名・名称、住所、電話番号、メールアドレス
(発信が家庭で行われた場合は発信者の家族、企業・教育機関などが保有・管理する端末で行われた場合はその企業・教育機関など) - 発信者が侵害情報を発信するのに利用したSNSなどのサービスにおいて、アカウント作成・ログイン・ログアウト・アカウント削除などの際に送信・記録されたIPアドレス(+ポート番号)、インターネット接続サービス利用者識別符号、SIM識別符号、SMS電話番号
- Eの送信が行われた日時を証明する情報(タイムスタンプ)
- (携帯キャリアの回線を借用するMVNO事業者のサービスを発信者が利用していた場合など、複数のアクセスプロバイダが関与している場合)アクセスプロバイダ間で契約者特定のために用いられている利用管理符号
D〜Gは2022年10月の法改正により新たに開示対象とされたものです。
E・Fは「特定発信者情報」と呼ばれ、プロバイダがA〜Dの情報を保有していない場合や、A〜Dの情報だけでは発信者を特定できない場合にのみ、開示を請求できます。
発信者特定のための手続き
ここでは、法改正前から行われている方法での発信者特定手続きについてまとめます。
法改正で導入された手続については後ほど解説します。
証拠の確保
権利を侵害する発信(書き込みなど)を画面キャプチャ・印刷・写真撮影などの方法で保存します。
発信がなされたページのURLや発信日時も写しておくことが重要です。
コンテンツプロバイダに任意開示を請求
開示請求の第一段階として、SNS運営事業者などのコンテンツプロバイダに任意開示(裁判所の判断によらない自主的な開示)を請求します。
これは弁護士を通して請求するのが一般的です。
実名登録制のSNSなどの場合(A)と匿名掲示板・匿名アカウントSNSなどの場合(B)とで対応が異なります。
実名登録制のSNSなど(A)の場合
コンテンツプロバイダは発信者の個人情報を把握していると考えられるため、その開示を求めます。
請求を受け取ったプロバイダは開示請求について発信者に通知し、開示に応じるべきかどうかについて発信者の意見を聞きます。
発信者が開示に同意すれば、請求者と発信者の間で示談(和解)により問題が解決する可能性があります。
匿名掲示板・匿名アカウントSNSなど(B)の場合
IPアドレスやタイムスタンプなどの開示を請求します。
発信者やコンテンツプロバイダが開示を拒否した場合は、裁判手続きに移行します。
裁判手続きは弁護士を代理人として行うのが通例です。
コンテンツプロバイダがIPアドレス開示を拒否→発信者情報開示請求の仮処分申立て
上記BのコンテンツプロバイダがIPアドレスなどの任意開示を拒否した場合、裁判所に開示命令の仮処分を申立てます。
IPアドレスなどの通信記録は3〜6か月程度のサイクルで消去されるのが通例で、民事訴訟を行なっている間に消去されてしまう可能性が高いため、仮処分申立てを行い、裁判所に発信者情報開示の命令を出してもらいます。
仮処分命令が出されれば、プロバイダはそれに応じてIPアドレスなどを開示し、民事訴訟に進むことなく請求が決着するのが通例です。
IPアドレスからアクセスプロバイダを特定し契約者情報の任意開示を請求
IPアドレスなどの記録から、権利侵害の発信を行った端末が利用したアクセスプロバイダを特定します。
これは「WHOIS検索」という方法で容易に行えます。
WHOIS検索とは
ドメイン名やIPアドレスの登録情報などを、インターネット上で誰でも簡単に調べられるサービスです
特定したアクセスプロバイダに対し、回線契約時に取得した発信者の個人情報を開示するよう請求します。
プロバイダは開示請求について発信者に通知し、開示に応じるべきかどうかについて発信者の意見を聞きます。
発信者が開示に同意すれば、請求者と発信者の間で示談(和解)によって問題が解決する可能性があります。
プロバイダへの契約者情報開示請求〜情報開示
発信者の個人情報を把握しているコンテンツプロバイダやアクセスプロバイダが(発信者の意見を聴取した上で)任意開示を拒否した場合、民事訴訟による開示請求を行うことになります。
プロバイダが保有しているIPアドレスなどの情報は訴訟で証拠として必要になるため、訴訟に先立ち、これらの情報の消去禁止を命じる仮処分を裁判所に申し立てます。
最終的に民事訴訟で勝訴すれば、発信者の個人情報が取得できます。
訴訟の途中で発信者と和解が成立することもあります。
2022年10月改正プロバイダ責任制限法についてのポイント3つ
最近法改正があったと聞きました!
被害者の迅速・円滑な救済を図るための措置を盛り込んだ改正プロバイダ責任制限法が、2022年10月に施行されました。
ここでは、発信者情報開示請求に関連して押さえておくべき法改正のポイントを解説します。
1 非訟手続の創設(発信者特定にかかる期間の短縮)
従来の方法による発信者開示請求手続きでは、以下の2点の問題から開示までに長い時間がかかります。
一般的なケースでは開示までに半年〜1年程度(平均9か月程度)かかるとされています。
- 個人情報開示のために民事訴訟が必要
- コンテンツプロバイダが発信者の個人情報を把握していないケース(=一般的なケース)では、民事訴訟の前にIPアドレスなどの開示を求める仮処分手続きも必要
これらの問題を解消し、被害の拡大防止と迅速な被害者救済を図るため、改正プロバイダ責任制限法で「発信者情報開示命令」および「提供命令/消去禁止命令」の制度が創設されました。
これらは訴訟によらない裁判手続(非訟手続)であり、個人情報開示までの手続きを一体として、比較的短期間で行うことができます。
新たな制度で開示請求を行う場合の流れは以下の通りです。
- コンテンツプロバイダが保有する発信者情報(IPアドレスなど)について、開示命令および提供命令を申立てる
- 申立書の写しが相手方(コンテンツプロバイダ)に送付される
- 裁判所内の決定により、コンテンツプロバイダに対し以下の2点が命じられる(提供命令)
A.IPアドレスなどの情報から特定されるアクセスプロバイダの情報(名称など)を申立人に提供すること
B.申立人からアクセスプロバイダに対して発信者情報開示命令の申立てを行なったとの通知を受けたら、保有するIPアドレスなどの発信者情報をアクセスプロバイダに提供すること - ③(A)をもとに、アクセスプロバイダが保有する発信者情報(氏名・住所など)について開示命令および消去禁止命令の申立てを行い、それをコンテンツプロバイダに通知する
- 申立書の写しが相手方(アクセスプロバイダ)に送付される
- ③(B)・④を受け、コンテンツプロバイダはアクセスプロバイダにIPアドレスなどを提供
- 裁判所内の決定により、審理に必要な期間、アクセスプロバイダによる発信者情報の消去が禁止される(消去禁止命令)
- 裁判所が当事者(申立人・プロバイダ)の意見を聴取した上で、開示命令に関する審理を行う
- 裁判所が発信者情報開示命令を発すれば、申立人に発信者情報が開示される
2 発信者情報開示請求の対象となる情報の範囲の拡大
従来は開示対象が「発信を行った時点で記録されたIPアドレス・識別符号・タイムスタンプ」と「発信者の個人情報(氏名など)」に限られていましたが、これだけでは発信者の特定が難しいケースがありました。
例えば、
- コンテンツプロバイダが発信時のIPアドレスを保存せず、ログイン・ログアウト時のIPアドレスのみを保存しているケース
- 発信者以外が所有・管理する端末で発信が行われるケース
- 発信者がMVNOの接続サービスを利用しているケース
などです。
そこで改正プロバイダ責任制限法では、ログイン時などの通信記録や発信者本人以外の端末所有者の情報、アクセスプロバイダ間の管理情報にまで開示対象が拡大されました。
3 改正後でも従来の発信者情報開示請求を行うことは可能
発信者情報開示命令・提供命令・削除禁止命令の非訟手続は従来の手続きに加えて制定されたものであり、法改正後も従来の方法(任意開示の請求や仮処分申立て・民事訴訟による請求)を行うことは可能です。
発信者情報開示請求にかかる費用
発信者情報開示請求を裁判手続きにより行う場合、裁判所に手数料などを納める必要があります。
ただ自分でするのは現実的ではないので、手続きの代理を弁護士に依頼することを検討する方が一般的だと思います。
元々弁護士報酬は自由化されているため、弁護士によって弁護士費用は異なるのですが、ある程度の相場というものが存在します。
発信者情報開示請求に関しては、新しい分野ということもあり相場というものがないのが実情です。
仮処分申し立てや民事訴訟など手続きによって異なるということもありますが、弁護士費用が10万円で受任する弁護士もいる一方、50万円以上かかる弁護士も多くいるのが現状です。
費用が心配という方は事前に弁護士費用を確認するべきでしょう。
あなたが泣き寝入りしないために
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まとめ
発信者情報開示請求にプロバイダが任意で応じる例は少なく、通常は裁判手続きが必要になります。
しかも、IPアドレスなどの通信記録から発信者の個人情報にさかのぼるために最低2回の裁判手続きが求められるケースが一般的です。
改正プロバイダ責任制限法では、複数の裁判手続きを一体的に決着させる非訟手続が導入され、開示対象となる情報の範囲も拡大され、開示請求が行いやすくなりました。
いずれの手続きでも、請求者は的確に証拠を保存し、権利侵害の明白性などの法的な要件を検討した上で、相手方や裁判所に提示する書類を適切に用意しなければなりません。
しかも、発信者情報が消去されないうちに迅速に事を進める必要があります。
こうしたことから、発信者情報開示請求は弁護士を代理人として行うのが一般的です。
費用を抑えるために自分で開示請求を行おうとする場合でも、少なくとも弁護士の法律相談は利用した方がよいでしょう。
あらかじめ弁護士保険などで、今後のリスクに備えておくことをおすすめします。
医療過誤、一般民事(離婚や労働問題)、企業法務を注力分野としています。
敷居が低く親しみやすく、かつ、頼りになる弁護士を目指しております。
一人で悩まず、お気軽にご相談ください。
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