「特許権の侵害」とは?意味や要件、判断方法、解決方法などを解説

特許権の侵害をめぐる紛争では、特許権の及ぶ範囲や侵害成立の要件などに関して込み入った議論が交わされることになるのが通例です。

特許侵害で刑事罰が成立するには故意であること(侵害するつもりで侵害すること)が必要ですが、民事においては特許の存在を知らなかったとしても侵害行為と見なされ、行為の差止などを要求される可能性があります。

この記事では、特許権侵害の意味や要件、侵害の有無を判断する方法、紛争解決に向けた手続きなどについて、基本的なポイントをわかりやすく解説します。

目次

特許権の侵害とはどういう意味か?

特許権とは?

特許権は知的財産権の一種で、「物や方法の発明」をした人に対して一定期間与えられる独占的な権利です。

特許権者(特許権を持つ人)以外はその発明を勝手に利用することはできず、勝手に利用した人に対して特許権者は利用の差し止めなどを要求できます。

著作権は著作者に自動的に与えられますが、特許権の場合は発明者が特許庁に特許出願を行い、審査を経て特許として登録が認められることで権利が発生します。

特許庁への登録により保護される権利は、特許権のほかに実用新案権、意匠権、商標権があります。

これらはまとめて産業財産権と呼ばれます。

保護対象登録を受けるための要件
特許権自然法則を利用した技術的かつ高度な発明産業上利用できる今までになく新しい(新規性)容易に思いつけない(進歩性)誰よりも先に出願(先願)している公序良俗に反しない
実用新案権物品の形状・構造・組み合わせに係る考案(発明とまでは言えないが、産業にとって有意義な技術的工夫)特許権と同様(ただし、新規性・進歩性は出願時ではなく実用新案技術評価書請求の際に審査される。他者による実用新案権侵害を追及する場合、実用新案技術評価書の提示が必要)  
意匠権視覚的な美感を起こさせる「物品の形状・模様・色彩またはこれらの結合」「建築物の形状」「画像」意匠が具体的で、工業上利用できる(同一のものを複製可能)同一物・類似物が公に知られていない(新規性)創案することが容易でない(創作非容易性)公序良俗に反しない他人の業務に係る物品・建築物・画像と混同を生じる恐れがない誰よりも先に出願している
商標権自己の商品・サービスを他のものと区別するために使用する文字・図形・記号・音などの識別標識以下のような「登録を受けられない商標」に該当しないこと 普通名称(例:パソコン)、ありふれた氏・名前など、標識として機能しないもの他人の商標と紛らわしいもの国・公共機関・公的博覧会の標章と類似しているなど、公序良俗に反するもの

特許権の侵害となる要件

特許の「実施権」を持たない人が、「業として」「特許発明の技術的範囲内の発明」を「実施」した場合に、特許権の侵害となります。「実施権」を持っていても、自分に許される「実施」の範囲を超えたことを行えば、特許侵害が成立します。

他の産業財産権についても同様です。

「実施」の意味

特許権の対象となる発明には3つの種類があり、発明の「実施」とは以下の行為を指します。

発明の種類「実施」に当たる行為
物の発明その物の生産、使用、譲渡・貸し渡し、輸出・輸入、譲渡・貸し渡しの申出、譲渡・貸し渡しのための展示
物を生産する方法の発明その方法を生産に使用すること その方法で生産した物の使用、譲渡・貸し渡し、輸出・輸入、譲渡・貸し渡しの申出、譲渡・貸し渡しのための展示
物の生産を伴わない方法の発明その方法を使用すること

実用新案権・意匠権の「実施」は特許(物の発明)の場合と概ね同様です。

商標権の場合は「実施」ではなく「使用」と呼ばれ、商品・包装・広告に商標を付す行為などが該当します。

「実施権」の意味

特許の実施権には「専用実施権」「通常実施権」があります(他の産業財産権も同様です)。

特許権者が専用実施権を設定した場合、専用実施権を持つ人しかその特許を実施することができません。専用実施権は特許権者自身が保有する場合もあれば、ライセンス契約により他人に専用実施権を付与することもあります。

専用実施権を設定しない場合、特許権者やライセンス契約で使用権を与えられた人(ライセンシー)がそれぞれに特許を実施することができます(実施できる範囲はライセンス契約で取り決めます)

これを通常使用権と言います。

「業として」の意味

「業として実施する」とは「事業のために実施する」という意味で、「事業」には営利目的の事業だけでなく公共事業、公益事業なども含まれます。

個人がプライベートな生活で実施した場合は「業として」に該当しません。

「特許発明の技術的範囲」の意味

特許出願時には、「明細書」「図面」によって発明の技術的内容を詳細に記述し、「特許請求の範囲」という書面で特許発明の技術的範囲(どこからどこまでを特許として保護してもらいたいか)を明確に特定する必要があります。

他の産業財産権でも同様です。

例えば、「書いた文字がコピーに写らない特殊な顔料(要件①)を用いた鉛筆芯(要件②)」を「特許請求の範囲」としたとします。

①・②の両方を満たす物(まさにその顔料を用いた鉛筆芯)は特許請求の範囲に含まれるので、それを他人が勝手に製造したりすれば、特許権侵害となります。そうした鉛筆芯を備えた鉛筆を勝手に製造した場合も、やはり①・②の両方を備えた製品を製造しているので、特許権侵害です。

一方、その特殊な顔料をシャープペンシルの芯(シャープ芯)に使った場合、②の要件を満たさないので、直接的には特許侵害に当たりません。ただし、均等侵害という侵害にあたる可能性はあります(詳しくは後述)。

特許権侵害の種類

前章で説明した特許権侵害は「直接侵害」と呼ばれます。それ以外に、「均等侵害」「間接侵害」という侵害の種類があります。

直接侵害(文言侵害)

特許の「実施権」を持たない人が、「特許発明の技術的範囲」に該当する発明を「業として実施」した場合、権利侵害となります。

「特許請求の範囲」に複数の要件が記載されている場合(例えば上の①・②)、すべての要件を満たさなければ直接侵害とはなりません。

均等侵害

「特許請求の範囲」に記載されたすべての要件を満たしていなくても、裁判で権利侵害と判定される場合があります。

例えば、「①特殊な顔料」「②鉛筆芯」という2つの要件のうち②を「シャープ芯」に置き換えた製品を製造した場合、この置き換えが発明の本質的部分とは言えず、このように置き換えても同一の作用・効果を奏するのであれば、特許権侵害が成立する可能性があります。

詳しく言えば、以下の5つの要件をすべて満たせばこの製品は既存の特許発明に対し「均等の範囲」にあると見なされ、特許権侵害(均等侵害)が成立します。

  • 相違部分(鉛筆芯かシャープ芯か)が特許発明の本質的部分ではない
  • 相違部分を置き換えても(鉛筆芯をシャープ芯としても)特許発明の目的を達することができ、同じ作用・効果を奏する
  • 当該技術分野の一般的な知識があれば、そのような置き換えは容易に思いつける
  • 特許出願時点においてその分野で一般的であった技術をもとに(つまりその特許発明なしで)、そうした製品(特殊な顔料を用いてコピーに写らなくしたシャープ芯)を考え出すことは難しい
  • 特許出願時に発明者がそうした製品を特許請求の範囲から意識的に除外したなどの特別な事情が存在しない

この鉛筆芯/シャープ芯は架空の話なので、実際に裁判でどう判断されるかは不明です。

「コピーにうつらない」という点は同じでも、鉛筆芯とシャープ芯では目的・作用・効果が違うと判断されるかもしれません。

また、この顔料で十分な強度・機能性を持つシャープ芯を作るために新規性のある技術が必要であったとすれば、1や3の要件に該当せず、権利侵害が成立しないことになるでしょう。

なお、均等侵害は実用新案権に対しても同様の要件で成立します。

間接侵害

特許発明の「実施」はしていなくても、「実施」を直接的に支える行為をすれば、間接的な特許権侵害(間接侵害)と見なされる可能性があります。

先ほどの例で言えば、鉛筆芯に用いられている顔料を、その鉛筆芯の生産のためだけに(専用品として)製造したり輸入・販売したりすれば、間接侵害に該当します。

その鉛筆芯の生産のためだけに顔料の製造などを行っているわけではなくても、以下の条件のすべてに該当すれば間接侵害が成立します。

  • その顔料は鉛筆芯の生産に不可欠なものである
  • その顔料は日本国内で広く一般的に流通しているものではない
  • 「その鉛筆芯が特許発明であること」「その鉛筆芯の生産に顔料が使われること」を知りながら業として顔料の製造などを行っている

なお、間接侵害は実用新案権・意匠権・商標権にも存在します。

特許権の侵害に該当する行為の具体例

特許権侵害と判断された裁判例を紹介します。

直接侵害の具体例|「切り餅」特許事件

本件で争われたのは、「側面に切り込みを入れた切り餅」の特許です。

切り餅を焼くと、焼き上がりの頃に中から柔らかい餅が噴き出して網などにくっついてしまうことがあります。越後製菓は切り餅の側面に切り込みを入れることで噴き出しを抑制する方法を開発し、切り込みを入れた切り餅で特許を取得しました。

その後、競合の佐藤食品も切り込みを入れた切り餅を発売しましたが、これが特許侵害に当たるとして越後製菓が佐藤食品を訴えました。

越後製菓の特許では、切り餅の側面(狭い断面)に切り込みが入ります。一方、佐藤食品の切り餅には側面だけなく底面や上面にも切り込みがあります。

裁判では「特許請求の範囲」の文言の解釈が争点となりましたが、最終的には、「側面に切り込みを入れる」という特許発明の技術的範囲に佐藤食品の切り餅が含まれると判断され、特許侵害が認められました。

佐藤食品は、該当する切り餅の製造・販売の停止と約8億円の損害賠償を命じられました。

均等侵害の具体例|「マキサカルシトール」事件

本件で争われたのは、マキサカルシトールという治療薬有効成分の製造方法に関する特許です。

原告の中外製薬は、「シス体」のビタミンD構造化合物を出発点としてマキサカルシトールを製造する方法を開発し、特許を取得しました。

一方、被告となった製薬会社は、「トランス体」のビタミンD構造化合物を出発点として製造されたマキサカルシトールの輸入・販売を行っていました。

「シス体」と「トランス体」の化合物は幾何異性体と呼ばれ、化学式・構造式は同一ですが、原子の立体的な配置が異なります。

本件では出発物質や中間までの製造方法に違いがあることから、直接侵害(文言侵害)は成り立ちません。

しかし、両者の製造方法は発明の本質的な部分が同一であり、発明の目的・作用・効果も変わらず、被告側の製造方法で用いられる「トランス体」化合物は周知の方法で「シス体」に変化させることが可能であったことなどから、均等侵害が認められ、被告に対してマキサカルシトール原薬の輸入・販売の禁止と輸入済み原薬の廃棄が命じられました。

間接侵害の具体例

一つの容器内にパン材料を一定の順序で投入してタイマー制御により製パンを行う方法を特許として登録していた特許権者が、タイマー制御機能を持つ製パン器の製造・販売業者を特許権侵害で訴えた事件です。

本件の特許は「パンの生産の方法」であり、特許の実施は「その方法によるパンの生産」や「その方法で生産したパンの販売」などです。

製パン器の製造・販売はパンそのものの生産・販売ではないので、直接侵害は成り立ちませんが、それに直接的につながる行為として間接侵害が成立する可能性があります。

裁判で被告側は、「当該製パン器ではタイマー機能を用いないで製パンを行うこともできる」ことを理由として、間接侵害には当たらないと主張しました。

しかし、タイマー機能付き製パン器を購入した人がタイマー機能を用いない方法でのみ製パン器を使い続けることは実用的な使用方法とは言えないことから、間接侵害が認められ、当該製パン器の製造・販売・輸入の禁止や損害賠償などが命じられました。

特許権侵害の有無の判断方法

他者から特許権の侵害を訴えられた場合、まずは冷静に侵害の有無を判断してから対処を考える必要があります。ここでは特許権侵害の有無を判断する手順を解説します。

特許公報を入手し内容を確認する

特許制度は発明の保護と促進を目的としており、特許の実施が独占権によって保護される一方で、発明の内容は特許公報を通して広く一般に公開されます。

特許公報には「特許請求の範囲」「明細書」「図面」などが掲載されており、特許の内容を正確に知ることができます。

特許権侵害の有無を判断するには、まず特許公報を入手して当該特許の詳細を確認することが必要です。

なお、特許公報には公開特許公報と特許掲載公報があり、確認すべきなのは後者です。公開特許公報には特許出願から1年6ヶ月経過した案件の書類が自動的に掲載されており、特許権が成立していないものも多く含まれます。

特許掲載公報には審査を経て特許権が成立したものだけが掲載されます。

特許発明の技術的範囲を解釈・確定する

「明細書」や「図面」も参照しながら「特許請求の範囲」を読み込み、特許発明の技術的範囲を確定します。

特許資料は特有の様式で書かれ、解釈のために法的・技術的な見識が求められる場合が多いため、必要に応じて弁護士や弁理士のサポートも受けながら文面を慎重に解釈します。

特許権侵害の成否を検討・判断する

特許発明の技術的範囲を確定した上で、以下の点について検討し、特許権侵害の成否を判断します。

  • 自分の行為が特許権の「実施」に当たるか
  • (実施権のライセンス契約を結んでいる場合)自分の行為がライセンス契約を逸脱しているか
  • その「実施」を「業として」行っているか
  • その「実施」が直接侵害に当たる(特許発明の技術的範囲に含まれる)か、それとも均等侵害、間接侵害に当たるか

特許権侵害の成否を自分で判断することが難しい場合、弁護士・弁理士に鑑定してもらうか、特許庁の判定制度を利用します。

判定制度は、特定の商品などが特許発明の技術的範囲に属するかどうかを特許庁の審判官が判定する制度です。

特許発明に対して「均等の範囲」に属するかどうかも判定されます。申請から判定までに6ヶ月程度かかります。

判定の結果に法的拘束力はありませんが、示談交渉などにおいては一定の影響力を持ちえます。

特許権を侵害された場合の対抗手段

特許権者は特許権侵害に対して以下の対抗手段をとる権利を有しています。

  • 差止請求:特許権を侵害する者、侵害するおそれのある者に対し、侵害の停止・予防を請求(侵害品の製造・販売の停止、製造品・製造設備の廃棄など)
  • 損害賠償請求:特許権侵害で被った損害の賠償を請求(故意または過失により侵害が行われた場合)
  • 信用回復措置請求:侵害者が粗悪品の販売などで特許権者の信用を害した場合に、謝罪広告などの信用回復措置を請求
  • 不当利得返還請求:侵害者が侵害行為によって不当に得た利益の返還を請求
  • 刑事告訴:特許権侵害罪で刑事告訴(※侵害罪成立には侵害者の故意を立証する必要があり、実際に告訴や刑事訴訟が行われる例は非常にまれ)

特許権侵害で起きた紛争の解決方法と手続き

特許権侵害を受けた側の初期対応(警告・示談交渉など)

まず自己の権利の確認と相手の実施状況の把握を行い、権利侵害の成否について専門家の鑑定や判定制度を利用して詳細に検討します。

権利侵害が成立していると判断されたら、相手方に対して書面による警告を行います。

相手方が警告を受け入れた場合、当事者間で示談交渉を行い善後策を協議します(侵害行為の中止と損害賠償の支払い、ライセンス契約締結など)。

相手方が警告を受け入れない場合、裁判外紛争解決(ADR)や民事調停、民事訴訟、刑事告訴などを検討します。

特許権侵害を追及された側の初期対応(示談交渉・特許権無効審判など)

上述した方法で特許権侵害の有無を判断し、侵害が成立していると判断された場合は、侵害行為を直ちに中止した上で、特許権者と示談交渉を行うのが通例です。

ただし、相手方の特許権を精査するなかで特許権の無効理由に該当すると思われる事項を発見した場合、特許無効審判を請求するという手段があります。

その特許が登録要件(新規性、進歩性、先願など)を実際には満たしていなかったことなどを審判で証明すれば、特許自体が無効になります。

一方、特許権は有効であるが侵害は成立していないと判断された場合、相手方にその旨を回答した上で、今後の手続きに備えて、正当性を主張するための証拠集めなどを行います。

裁判外紛争解決手続(ADR)

裁判以外の解決手段としては、裁判外紛争解決手続(ADR)があります。ADRには、日本知的財産仲裁センターなどの民間機関が間に入って紛争解決を図る民間型ADRと、裁判所が間に入る民事調停(司法型ADR)があります。

民間型ADRには「仲裁」「調停」「あっせん」の3種があります(「調停」「あっせん」の意味はADR機関により多少異なり、両者を区別しないところもあります)。

各手続きを開始するには紛争当事者双方の合意が必要です。

  • 仲裁:仲裁人(1人、または複数人の合議体)に紛争の解決を委ね、当事者は仲裁人の決定に従う(仲裁を選んだ場合、民事裁判に訴えることはできなくなり、仲裁人の判断は民事裁判の確定判決と同じ効力を持つ)
  • 調停:調停人が間に入り、双方の言い分を聞いた上で解決案を提示し、それをもとに当事者が協議
  • あっせん:あっせん人が間に入り、紛争解決に向けて当事者間の自主的な協議を支援

民事調停

民事調停は裁判官と調停委員が間に入って行われるADR(調停・あっせん)です。

民事調停で合意が成立した場合、合意内容は確定判決と同じ効力を持ちます。

民事裁判(特許権侵害訴訟)

以上の手続きでは解決が困難な場合、裁判で争うことになります。

特許権侵害訴訟では非常に専門的で込み入った議論が展開されることになるのが通例であり、弁護士への依頼は必須と言ってよいでしょう。

まとめ

特許権侵害に関わる紛争では争点が多岐にわたり、当事者の立場に応じて様々な対抗手段・解決手段が考えられます。

自分(自社)だけで適切な判断をすることは難しく、弁護士を初めとする専門家の活用がポイントとなります。

特許権を巡るトラブルに巻き込まれやすい業種・立場の方には、弁護士保険加入などの事前対策を講じておくことをおすすめします。


弁護士

木下慎也 弁護士

大阪弁護士会所属
弁護士法人ONE 代表弁護士
大阪市北区梅田1丁目1-3 大阪駅前第3ビル12階
06-4797-0905

弁護士として依頼者と十分に協議をしたうえで、可能な限り各人の希望、社会的立場、その依頼者らしい生き方などをしっかりと反映した柔軟な解決を図ることを心掛けている。

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