私は自動車メーカーのディーラーとして勤務をしています。
1年前に新しい店長に変わりましたが、この店長がくせ者でした。
店長が異動してすぐのことでしたが、自費で自家用車を強制的に買わされました。また、私の1週間の販売台数が0であると機嫌が悪くなり、怒鳴り声が聞こえることは日常茶飯事でした。 サービス残業は当たり前で、仕事が終わってから説教が始まり、帰宅は深夜になることもたびたびありました。 もう精神的にも身体的にも限界です。
店長の行為はパワハラにあたるのでしょうか。
記事に入る前に・・・
だけど費用的に無理・・・という時代は終わりました。
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パワハラとは
パワハラの定義について
令和元年5月に成立した 「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実に関する法律(以下「労働施策総合推進法」といいます。)」
によって、法律上初めてパワハラが定義されました。
この労働施策総合推進法30条の2第1項によれば、
パワハラとは、
と定義づけられています
厚生労働省の定義と6つの類型
厚生労働省も、パワハラの定義をしております(平成24年)が、
としています。
そして、あくまで例示としてですが、パワハラの6類型として
1)身体的な攻撃: 暴行・傷害
2)精神的な攻撃: 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言
3)人間関係からの切り離し: 隔離・仲間外し・無視
4)過大な要求: 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害
5)過小な要求: 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと
6)個の侵害: 私的なこと(プライベート)に過度に立ち入ること
というものを挙げています。
ただ、この6類型にあてはまらないパワハラもありますので、パワハラにあたるかどうかは個々の事情ごとに判断することになります。
指導だったらパワハラにあたらない!?
~パワハラと指導との違いは?~
指導であれば厳しくしてもパワハラにあたらない という考えをお持ちの方もいるかもしれませんが、これは大きな誤りです。
業務上の指導が違法なパワハラになるかどうかは指導の目的、手段、態様、双方の立場などによって個別に判断することになりますが、上記の定義にあたればパワハラと認定されることになります。
よって、指導されている側の立場の方は「指導だからパワハラにはあたらないのだろう」とあきらめる必要はありません。
「もしかしてこれはパワハラかも?」と思ったら弁護士に相談に行きましょう。
裁判で「パワハラ」と認定された具体例
ここでは近年の裁判例を紹介していきたいと思います。早速パワハラと認定された事案を見ていきましょう。
まずは(2)で取りあげた「指導」とはいえないと判断されたケースです。
事例1:パチンコ店の班長による指導を超えたパワハラ事案
パチンコ店で働く原告Xが上司のYのパワハラによりうつ病を発症した事案。
①YがXの勤務態度を問題視して降格的配置をしたり叱責を繰り返したりしたこと
②経験の長いXがYと対立した際、Yが「お前もほんまにいらんから帰れ。迷惑なんじゃ。」と発言してパチンコ台の鍵を取り上げようとしたこと
③Yが「お前をやめさすために俺はやっとるんや。店もお前を必要としてないんじゃ。」と発言してXにスピーカー線破損の始末書の作成を強要したこと
④些細な指示命令違反の有無を捉えて「嘘つけ。お前いうこと聞かんし。そんなんやったらいらんから帰れや。」と発言した上で、反抗に対する懲罰としてXを約1時間にわたってカウンター横に立たせたこと
等がパワハラにあたるかが問題となった。
(大阪地判平成30年5月29日)
裁判所は、①~④ともにパワハラであると認定して慰謝料を「300万円」としました。
パワハラ事案の中では300万円の慰謝料というのは金額が大きい方ですが、Xがうつ病によって5年半の通院・自宅療養生活を余儀なくされてしまった点を重く見たと思われます。
パワハラとした理由は、裁判所は、「業務指導の域を超えた原告に対する嫌がらせ、いじめに該当し、その発言は、原告の人格を否定するような内容であって、パワハラに該当する。」と言い切りました。
Yは「Xが反抗的態度をとったので、指導としてやったことである」と主張しましたが、裁判所は「指導の一環と捉えられるものではなく、班長という役職を利用し、あるいは、その権限を誇示するために、Xに対して,無用の嫌がらせとして行われたものとしか評価できない」とYの主張をバッサリ切りました。
この事例は厚労省の6類型のうち、(2)精神的な攻撃、(4)過大な要求のケースに分類できます。
事例2:校長の教諭に対するパワハラ事例
小学校教諭の原告Xが児童の自宅訪問の際に犬にかまれてけがをしたケースで
①報告書(校長に指示されてXが児童の父母とのやり取りをまとめたもの)を読んだ校長が、「賠償」という言葉を使ったXを非難したこと
②校長が、Xに膝と手を床につけた状態で頭を下げて児童の父親らに謝罪させた上、さらにXに対し、翌日児童の母親に謝罪しに行くよう指示したことがパワハラにあたるかが問題になった。
(甲府地判平成30年11月13日)
この事例では、Xのパワハラの慰謝料の請求額は300万円でした。
裁判所は、①②ともにパワハラであると認定して慰謝料を「100万円」としました。
特に、裁判所は、②について、「児童の父…の理不尽な要求に対し、事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるために安易に行動した」と認定しており、金額が増額されたのは①より②の事情の方が大きいと思われます。
この事例は厚労省の6類型のうち、(2)精神的な攻撃のケースに分類できます。
事例3:部下をキャバクラに連れて行った暴言上司の事例
①上司である被告Yが、会社の会議では、「死ね」、「ばか」、「降格させるぞ」、「飛ばすぞ」と発言していたこと
②Yが部下である原告Xに対して仕事上の打合せだとして、キャバクラ等への同行を求めたり、費用の負担を求めたりしたこと
③YがXが断ると不機嫌になりXを畏怖させ、配置転換や降格、減給等の不利益が及ぶことを示唆したこと(キャバクラ等で仕事の打合せが実際に行われたことはなかった)
④Yがキャバクラにおいて「カラオケの点数が低い者が飲食代金を負担する」というルールを言い出してXに負担させていたこと
がパワハラにあたるかが問題になった。
(東京地判平成30年8月31日)
この事例では、Xのパワハラの慰謝料の請求額は100万円でした。
裁判所は、①~④がパワハラであると認定して慰謝料を「100万円」としました。(パワハラの請求は全額認容されたということになります)
さらにこの事例ではYがXの財布から10万円を抜き取ったことも認定されており、Yのひどさが際立っいます。
ただ、Xが負担したキャバクラの費用はパワハラとの間に相当因果関係がないとされました。
この事例は厚労省の6類型のうち、(2)精神的な攻撃、(6)個の侵害のケースに分類できます。
事例4:弁護士が秘書(事務員)したパワハラ事例
弁護士である被告Yは、秘書(事務員)であるXの指示によって弁護士報酬がYの口座に入金されたことにより税金が高くなってしまうと激怒し、
①Xに課税を免れる方法を考えさせたが案が出ないために、賞与の額に影響があるとか支給日を遅らせるなどと通知したこと
②YがXに対して2年間にわたり賞与を手取りで100万円支給していたにもかかわらず、次の賞与を手取り50万円としたこと
③Xが有給休暇を取得したところ、YはXが退職すると思い込み、執務体制を変えしたり、Xが使用していたパソコンのパスワードを変更したりしたこと
④Xが業明けに出勤してきたことから、YはXを他の職員から切り離して1人で「○○部屋」と称される小部屋で終了記録の整理をするよう命じた上、秘書長手当を一方的に不支給としたこと
⑤その後もYは、Xに、業務に関してことあるごとに厳しく叱責して、「自分の非を認めないでくだらないことばっかりやってる」、「やっていることが狂ってる」などと人格を否定するようなメールを送信するなどしたこと
以上がパワハラにあたるか問題となった。
(東京地判平成30年3月26日)
この事例では、Xのパワハラの慰謝料の請求額は200万円でした。
裁判所は、①~⑤がパワハラであると認定して慰謝料を「70万円」としました。
この事例は厚労省の6類型のうち、(2)精神的な攻撃、(3)人間関係からの切り離し、(5)過小な要求のケースに分類できます。
他にも・・・
タイムカードを勝手に切ってサービス残業をさせようとするような行為は、厚生労働省の6類型のうち(4)過大な要求にあたるでしょう。
本来、上司がするはずの仕事を押し付ける行為は、同じく(4)過大な要求にあたるでしょう。
仕事で使う資料を隠す行為は(2)精神的な攻撃、(3)人間関係からの切り離しにあたると思われます。
会議の日程などの連絡事項を教えないといったいやがらせは、同じく(2)精神的な攻撃、(3)人間関係からの切り離しにあたると思われます。
冒頭のディーラーの事例は? 自費で自家用車を強制的に買わせる行為は(4)過大な要求、怒鳴り声で怒ることは(2)精神的な攻撃、サービス残業は(4)過大な要求、仕事が終わってからの説教は(4)過大な要求と(6)個の侵害
ということでパワハラと認定される可能性がきわめて高い事案といえるでしょう。
裁判で「パワハラ」と認定されなかった事例
認定されないケースは「証拠が足りない」ことが多い
みなさんが弁護士に相談して驚かれることの1つに
「本当にパワハラの事実はあったのに弁護士に『証拠がないから勝てない』と言われた」ということがあります。
もちろん、相談を受けた弁護士は、おっしゃっている事実が本当にあったと信じて話を聞いています。
しかし、裁判では、裁判官は、公平な立場ですので、証拠がない場合には、「その事実はなかったものとして考える」しかないのです。
みなさんの中には
「会社で上司が私にパワハラをしていたのを見ていた人がいる」
という人もいるでしょう。
しかし、見ていた同僚も会社で働き続けている場合には、本当のことを言ったら何らかの形で会社から不利益な処分を受けてしまう可能性が高いので、あなたに有利な証言をしてくれるとは限りません。
したがって、証拠は録音や録画によって自分で確保するのが望ましいです。
ICレコーダー、携帯電話の録音・録画機能などを駆使して証拠を集めましょう。
証拠がある場合で認定されなかった事例
事例5:パワハラとセクハラが混在するような事案
原告Xは会社員であり、被告YはXのいる会社の外注先のカメラマンであるが、
①Yが数回にわたりXに無理やりキスをしたり、胸を触ったりするなどのわいせつ行為をしたこと(わいせつ行為は3年間に5回)、
②その上、YがXに執拗に性交渉を迫り(1年間に3回)、断られると罵倒したこと は通常の不法行為が成立するかが問題となった。これに加えて、
③YがXの仕事の段取りが悪かった点や仕事への姿勢に対して厳しい指摘や批判をしたこと
以上がパワハラにあたるか問題となった。
(東京地判平成30年8月30日)
この事例では、Xの①②(わいせつ行為等)と③(パワハラ)の慰謝料の請求額は合わせて200万円でした。
裁判所は、①②については性的自由ないし人格権を侵害されたと認定して慰謝料を「120万円」としました(※①②はパワハラとしての慰謝料ではありません)。
しかし、③については、
・Yが厳しい指摘や批判をしたことがXにも落ち度があったなど理由があり社会通念上相当な範囲を逸脱したとまではいえないこと、
①②の行為と時間的に近いとはいえないため仕事面でXに強く当たることによって食事に連れて行こうと思っているとか性交渉できなかったことへの仕返しをしたとは認められない
として、パワハラとは認められませんでした。
パワハラされていると思ったらすべきこと
1. 証拠を残す
先ほども述べましたが、証拠がなければパワハラの事実を証明することができません。本当にあったこともないものとして扱われてしまうのです。
これはとても残念ですし、恐ろしいことです。
証拠を残すためには
録音の場合はICレコーダー(量販店で安いものだと3000円くらいで買えます)が良いです。
録画の場合は小型のカメラが良いかもしれません。
録音と録画のどちらが証拠としてよりよいかという点については、やはり臨場感という意味では録画だと思います。
例えば、暴行している様子の動画はインパクトがありますし、暴言もどのような言い方をしているかは姿が見えた方が伝わります。
なお、携帯電話も録音・録画の機能がありますが、相手にバレてしまう可能性があるので使用する際には注意が必要です。
2. 同僚や上司・相談ダイヤルなどに相談する
先ほどの事例4は、同僚に相談したことによって裁判に踏み切れたような事情が判決文に記載されていました。
相談をするまでは「自分が悪い」と思ってしまって請求をしないでいるという人もそれなりにいるということをうかがわせる事例です。
事例4はパワハラとは認定されませんでしたが、損害賠償請求自体は認められているので、アクションを起こすことが大事だと気付かせてくれるケースだとも言えるでしょう。
なお、上司に相談をしたのにもかかわらず何も対応してもらえなかった場合には、「相談した証拠」と「何も対応してもらえなかった証拠」を両方とも残しておきましょう。
証拠があれば、対応してもらえなかったこと自体も不法行為責任を追及できる可能性が出てきます。
3. 各都道府県の労働局に訴える
労働局はパワハラの相談に乗ってくれます。行政機関ですので相談は「無料」でできます。費用に不安がある方はまずは労働局に相談するのでもいいかもしれません。
でも、弁護士の相談も「無料相談」はあります!
また、労働局はパワハラの認定はできません。
そうなるとやはり弁護士に相談するのがよいと思われます。
4. 弁護士に相談する
弁護士に相談するにあたってみなさんのハードルになるのは何でしょうか? 私は弁護士なので弁護士に相談することにためらいがある人の気持ちは残念ながらわかりません。
そこで、歯医者さんに置き換えると少しわかるかもしれないと思って考えてみました。
私は虫歯が進行している事実に向き合いたくないし、麻酔も痛いからしたくない。歯を抜くなんてもってのほかです。
そんなわけで歯医者さんにはできる限り行きたくないので、もしかしたらそれと同じような気持ちなのかもしれません。
ただ、間違いなく言えるのは、虫歯を放置しても勝手に治ることはないように法的な問題は放置してもよくなることはめったにないということです。
高圧的な弁護士に当たったら二度とそこには行かなければいいのです。優しく話を聞いてくれる弁護士を探しに行きましょう。
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最後に
パワハラで死を選んでしまう方もいます。
誰にも相談ができなくて、家族も気づいてあげられなくて、取り返しのつかない結末を迎えてしまう人が現実にいることは、とても悲しいことです。
「自分に悪いからこういう目にあっているんだ」
などとあまり自分を責めすぎず、いったん誰かに相談してみませんか。
弁護士保険でトラブルの予防をするのはいかがでしょうか。
弁護士 松本 隆
神奈川県 弁護士会所属
横浜二幸法律事務所
所在地 神奈川県横浜市中区山下町70土居ビル4階
TEL 045-651-5115
労働紛争・離婚問題を中心に、相続・交通事故などの家事事件から少年の事件を含む刑事事件まで幅広く事件を扱う
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