法的トラブルは最終的に裁判で決着をつけることになりますが、裁判には長い時間がかかるため、その間に損害が広がったり、権利関係が変化して裁判そのものが無意味になってしまったりする恐れがあります。
訴訟前に仮処分の申立てを行うことで、そうした事態を防ぎ、訴訟よりも迅速に一定の状況改善を図ることができます。
仮処分という言葉はニュースなどでよく目にする機会があるかと思いますが、その内容を正確に知っている方は少ないでしょう。
この記事では、民事訴訟や仮処分の申立てを検討している方や、将来のために仮処分について知っておきたいという方に向けて、仮処分の内容や要件、仮処分を行うメリット・デメリット、手続きの流れ、費用などについてわかりやすく解説していきます。
記事に入る前に・・・
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仮処分とは
仮処分は民事保全手続きの一種です。
仮処分について理解するためには、民事保全について基本的なことを理解しておく必要があります。
民事保全(保全命令)と仮処分
民事訴訟は原告が何らかの権利侵害を訴えて起こしますが、裁判には長い時間がかかるため、権利侵害が裁判中も継続することで損害が拡大し、原告の生活に支障をきたしたり、原告が裁判で主張している権利関係に変化が生じて、訴える意味がなくなってしまったりする場合があります。
そうした場合に、原告の主張を予め一定程度認めることで、原告の生活や権利を保護するのが、民事保全手続きです。
例えば、AさんがBさんに「貸していた絵画を返して欲しい」と訴えたものの、Bさんの方では「借りたのではなくAから買った(もらった)」と主張したため、両者間で争いが起き、Aさんが絵画の返還を求めて民事訴訟を起こした、という場合を考えてみましょう。
裁判では絵画の所有権について審議され、Aさんが勝訴すれば、Bさんは絵画をAさんに返還するよう命じられます。
それでもBさんが返還しない場合、Aさんは裁判所に強制執行の申立てを行い、それが認められれば強制的に絵画を差し押さえることができます。
しかし、判決前にBさんが絵画を第三者(Cさん)に売却してしまっていたとしたらどうでしょうか。
Aさんは判決に基づきBさんに対しては返還を要求できますが、Cさんに対してはできないので、勝訴が無意味になってしまいます(ただし、B・Cの両人が「絵画はAから借りた物だ」と知っていた場合、売却が無効になる可能性があります)。
Aさんとしては、Bさんが絵画を自由に処分できないよう制限をかけておきたいところです。
これを可能にするのが民事保全手続きです。
Bさんによる絵画の処分を禁止するという内容の民事保全手続きをAさんが裁判所に申し立てて、認められると、裁判所の執行官がその絵画を差し押さえて、裁判終了まで保管します。
Aさんが勝訴すれば、執行官から絵画を無事受け取ることができます。
民事保全手続きには「仮処分」と「仮差押え」があり、この例のケースは「仮処分」に当たります。
民事保全における仮処分と仮差押えの違い
仮差押えは、裁判で争われるのが金銭債権(借金・売掛金など)である場合に行われる民事保全手続きです。
金銭債権を回収するには、債務者に現金で支払ってもらうか、債務者が所有する財産(動産、不動産、債権など)を代わりに取得する(その上で売却して現金化する)必要があります。
債務者が銀行口座からお金をよそに移したり、財産を第三者に譲り渡したり、不動産の名義変更(所有権移転登記)などを行ったりしてしまうと、債権回収が難しくなります。
そうした事態を防ぐため、口座や財産を予め差し押さえておくのが「仮差押え」です。
「仮処分」は、裁判で争われるのが金銭債権以外の権利である場合に行われる民事保全手続きです。
例えば以下のようなケースがあります。
- 動産の所有権について争われる際に、執行官がその動産を差し押さえて、債務者(被告)による処分を防止する(前節であげた例)
- 不動産の所有権登記について争われる際に、不動産の移転登記を禁止して、債務者による不動産売却を阻止する(後ほど詳しく解説)
- 解雇された元従業員が会社を不当解雇で訴える際に、原告が裁判中に生活上の困窮を被ったり、そのために裁判続行が困難になったりすることを防ぐため、当面の間は会社から賃金の支払いを受けられるようにする(後ほど詳しく解説)
保全命令と仮処分命令
民事保全手続きを行う場合、債権者(原告)は裁判所に「保全命令の申立て(仮処分命令/仮差押え命令の申立て)」を行います。
申立てが認められると、被告に対して「保全命令(仮処分命令/仮差押え命令)」が発令され、裁判所・執行官による強制執行(動産差し押さえなど)が行われます。
仮処分の種類
仮処分は、
- 係争物に関する仮処分
- 仮の地位を定める仮処分
に分けられ、
「係争物に関する仮処分」には、
- 処分禁止の仮処分
- 占有移転禁止の仮処分
があります。
係争物に関する仮処分① 処分禁止の仮処分
「係争物」とは、「裁判が起こされる原因となった物・権利(裁判で争われている根本的な争点)」のことです。
例えば、裁判で争われている動産・不動産の所有権や動産・不動産そのものが係争物に当たります。
訴訟中に係争物が第三者に売却されたり、第三者への所有権移転登記が行われたりしてしまうと、原告が勝訴して所有権が確認されても、その権利を実現することができなくなります。
係争物を債務者(被告)が勝手に処分することを禁止する仮処分(処分禁止の仮処分)を裁判所に出してもらうことで、そうした事態を防げます。
係争物が動産の場合、執行官が係争物を差し押さえるという直接的な方法で仮処分を執行します。
不動産の場合、名義変更(所有権移転登記)の禁止などの措置が取られます。
例えば、「Aさん所有の土地建物XをBさんに売却する契約が交わされ、Bさんは代金を支払ったのに、Aさんが所有権移転登記に協力せず、契約を解消して第三者であるCさんへ売却しようと画策しているようなので、Bさんが民事訴訟を起こして所有権移転登記を請求する」という例を考えてみましょう。
不動産の移転登記は原則として売主と買主が共同で行う必要がありますが、裁判で買主に所有権と所有権移転登記請求権が認められれば、買主が単独で移転登記を行えます。
しかし、訴訟が決着する前にAさんからCさんへの移転登記が行われてしまっていると、Bさんが勝訴しても移転登記が行えず、訴訟が無駄になり、改めてA・Cの両名を相手とする紛争が持ち上がることになります。
Xの所有権に関する移転登記を禁止する仮処分を裁判所に出してもらうことで、こうした事態を防げます。
係争物に関する仮処分② 占有移転禁止の仮処分
これは不動産の立ち退きを求める訴訟で利用される仮処分です。
例えば、「AさんがBさんに建物Xを賃貸していて、Bさんが賃料の滞納を繰り返したために契約書に基づき契約解除に至ったが、Bさんが立ち退かずにその建物に住み続けている(占有し続けている)ので、立ち退きを求めてAさんが民事訴訟を提起する」というケースを考えてみましょう。
訴訟中にBさん以外の人物が現れてその建物に住みだす(Bさんからその人物にXの占有が移転される)と、Aさんが勝訴しても無駄になり、また別の紛争が持ち上がることになります。
占有の移転を禁止するとともに、占有している不動産を執行官に明け渡すよう命じる「占有移転禁止の仮処分」を裁判所に出してもらうことで、そうした事態を防げます。
仮の地位を定める仮処分
係争物ではなく、訴訟を提起している債権者(原告)当人が大きな損害・危険を被ることを防止するために行われるのが、「仮の地位を定める仮処分」です。
例えば、解雇された元従業員Aさんが不当解雇を主張し、「従業員としての地位(雇用契約上の権利を有する地位)」の確認と不当解雇後の未払賃金の支払いを求めて会社相手に訴訟を起こす場合を考えてみましょう。
裁判は相当の期間にわたって行われることになりますが、Aさんの立場からすると、その間は「不当に賃金が支給されない状態」が続き、大きな損失を被ります。
それによって生活が困窮し、訴訟を続けるのが困難になる恐れもあります。
仮処分によって仮に「従業員としての地位」「賃金を受け取る権利」を認めてもらうことで、会社から賃金を受け取りながら訴訟を行うことができるようになります。
その他、以下のようなケースでも仮の地位を定める仮処分が利用されます。
取引先から商品供給を急に停止されたため、「契約に従って商品供給を受けられる地位」の確認を求めて民事訴訟を起こすケース
→事業への打撃を防ぐため、仮処分で「商品供給を受けられる地位」を定めてもらい、商品供給を受けながら訴訟を行う
インターネット上の書き込みで人格権侵害(名誉毀損・プライバシー侵害・肖像権侵害など)が行われため、サイト運営者に書き込みの削除を求めるケース
→訴訟中に侵害が拡大する恐れがあるため、「書き込み削除(人格権侵害の差止)を要求できる地位」を仮処分で定めてもらい、迅速な削除請求を行う
仮処分申立に必要な条件
裁判所に仮処分命令を申し立てる際には、どのような仮処分を求めるのかを申立書の冒頭に簡潔に記載した上で、申立書・証拠書類によって
- 被保全権利の疎明
- 保全の必要性の疎明
を行う必要があります。
被保全権利の疎明
仮処分命令で保全されるべき権利(被保全権利)が実際に申立者(原告・債権者)に帰属していることを説明して、裁判官を納得させるための手続きです。
裁判官を「確信」させるほどの証拠を提示して権利の帰属を「証明」する必要はありませんが、裁判官が「原告にその権利が帰属していると考えてよさそうだ」という印象を抱くくらいには説得力のある説明でなければなりません(この程度の説得力のある説明を法律用語で「疎明」と言います)
「仮処分命令で保全されるべき権利」は、要するに「民事訴訟で争われる権利」を指します。
例えば、以下のようなことを疎明します。
- 不動産の所有権が確かに原告側にあり、移転登記請求や明渡請求を行う権利が原告に帰属していること
- 解雇は法令・契約に照らして無効であり、原告は今でも雇用契約に基づく従業員としての地位と賃金を請求する権利を有すること
- ネット上の書き込みによって原告の人格権が現に侵害されており、原告には侵害を差し止めるために書き込みの削除を請求する権利あること
その権利がどのような経緯で正当に原告に帰属することになったか、具体的な流れを示しながら申立書に記載し、証拠となる書類(各種契約書・登記事項証明書など)を添えて、裁判所に提出します。
保全の必要性の疎明
被保全権利を保全することが必要な理由(勝訴後の権利実現ができなくなる恐れがあることや、裁判終了までに原告が多大な損害・危険を被る恐れがあることなど)を、申立書と添付書類により疎明します。
仮処分を行うメリットとデメリット
原告にとって仮処分は大きなメリットがありますが、いくつかデメリット(注意点)もあります。
メリット
仮処分の申立てから仮処分命令の発令までは、短くて数週間、長くても2か月くらいです。
一方、民事訴訟は短くても半年、平均的には1年~2年ほどの期間がかかります。
仮処分が認められれば、判決を待っていては失われてしまいかねない権利を予め保全でき、被りかねない損失を未然に防ぐことができます。これが仮処分の基本的なメリットです。
また、仮処分命令を受けたことで被告側が譲歩し、和解を求めてくる(和解に応じてくる)場合もあります。
和解が成立すれば、裁判よりも早く事態が決着します。
裁判所が仮処分命令の発令とあわせて和解勧告を出し、和解による解決を勧めてくる場合も少なくありません。
デメリット
一部例外はありますが、仮処分を申し立てると裁判所から担保の提供を求められるのが一般的です。
仮処分は、債権者側の言い分を正しいと仮定した上で、債務者側に行為の制限や経済的な負担を強いるものです。
裁判で債権者側が敗訴した場合、債権者の言い分および仮処分命令が正しくなかったということになり、債権者に損害賠償責任が発生する可能性があります。
債務者には仮処分命令に異議(保全異議)を申立てる権利があります。
債務者が保全異議を申し立てて認められた場合も、債権者に損害賠償責任が発生する可能性があります。
裁判所は仮処分命令に関する損害賠償に引き当てる目的で、申立て人に担保提供を求めます。
申立て人が担保を立てられない場合、仮処分の申立ては却下されます。
ただし、賃金支払いを命じる仮処分のように、申立て人の生活上の困窮を防ぐために行われる仮処分では、担保を要求されない場合があります。
債務者側が仮処分申立てをめぐって損害賠償請求訴訟を起こした場合、以下のいずれかが認められれば、債権者側の不正が認定され、損害賠償の可能性が生じます。
- 債権者が被保全権利の帰属や保全の必要性を主張したのは、債権者の過失による
- 債権者は被保全権利や保全の必要性が存在しないことを知りながら、故意に偽って仮処分の申立てを行った
最初の民事訴訟で敗訴している以上、債権者には(悪意はなくても)過失はあった(①)と見なされるのが通例です。
ただし、被保全権利や保全の必要性が存在すると誤認しても仕方のない特別な事情があったと証明できれば、損害賠償責任を免れることができます。
仮処分申立の方法
仮処分の手続きの流れや必要書類、費用についてまとめます。
仮処分命令申立て~発令までの流れ
仮処分の手続きは以下の流れで行われます。
- 債権者(原告)による申立て:保全命令申立書および関連書類の提出と手数料の納付
- 書類審査:申立書などのチェック(不備・不足があれば裁判所から連絡)
- 債権者への面接:裁判官が債権者と面接し、申立て内容の確認を行う
- 債務者への審尋:裁判官が債務者(被告)を裁判所に呼び出して主張・反論を聞く(債権者は事前に申立書などの書類の副本を債務者に直接送付)
- 担保決定・立担保:裁判官が担保を決定し、債権者が担保を立てて証明書を提出
- 仮処分命令の発令
仮処分申立てを行う時期
仮処分の効果を十分に活かすため、通常は民事訴訟を提起する前にその訴訟に関わる仮処分を申し立てます。
訴訟が終了する前であればいつでも申立てが行えるため、裁判中に仮処分の申立てを行う場合もあります(とくに、裁判中に仮処分が必要な案件が新たに持ち上がった場合)。
必要書類
仮処分の申立てには以下の書類の提出が必要です。
- 仮処分命令申立書
- 被保全権利・保全必要性を疎明するための証拠資料(契約書・登記事項証明書・帳簿・領収書・催告書・郵便物配達証明書・預金口座取引明細など)
- 添付書類(当事者目録・請求債権目録・物件目録など。仮処分の種別によって異なる)
費用
仮処分を申立てた人に以下の費用が請求されます。
- 申立手数料:2,000円(申立てを行う債権者が複数の場合は2,000円×人数、債務者が複数で、債務者の人数の方が多い場合は2,000円×債務者人数)
- 裁判所からの書類送付に使われる郵便切手:1,000円~3,000円程度
- 担保:事案に応じて決定され、債権額の1割~3割程度が標準
- 登録免許税:仮処分命令により裁判所が不動産登記を執行する場合、登記のための費用(登録免許税)がかかる
被保全権利・保全必要性の疎明の考案、提出書類の作成、面接・審尋への対応には、法律に関する専門的な知識・経験が求められるため、弁護士に代理を依頼するのが一般的です。
弁護士費用は主に着手金と報酬金からなります。
債権者側が依頼した弁護士への報酬金は、仮処分命令が発令された場合に発生します(債務者側では仮処分申立てが却下された場合)。
着手金・報酬金は、仮処分をめぐって依頼人が得ることになる経済的利益の額に応じて変わります。
経済的利益が300万円程度の場合、弁護士費用の合計は20万~30万円程度が相場です。
仮処分命令に従わなかった場合はどうなる?
債務者(被告)による登記の禁止、動産・不動産の引き渡し、賃金支払いなどの命令は、裁判所・執行官の職権発動(処分禁止登記、動産・不動産・口座の差し押さえなど)により効力が実現しますが、書き込みの削除命令などの場合、債務者(サイト運営者・プロバイダーなど)が命令に従った行動を取らない限り、仮処分の効果が実現されません。
そうした場合、債権者は裁判所に強制執行を申し立てることができます。
強制執行が決定されても裁判所は直接的に削除を執行することができないため、削除を実行するまでの間所定の金銭(制裁金)を債権者に支払うように債務者に命じます。
これは債務者を仮処分命令に従わせる間接的な強制力となるため、間接強制と呼ばれます。
債務者としては、この命令も無視して制裁金の支払いに応じないという選択も可能ですが、制裁金はどんどん加算されていきます。
また、債権者の方で制裁金支払いの強制執行を申し立て、口座の差し押さえなどを行うことが可能です。
あなたが泣き寝入りしないために
だけど費用的に無理・・・という時代は終わりました。
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*1 件数は2023年3月現在 *2 2013年~2022年。単独型弁護士保険として。2023年3月当社調べ。*3 99プランの場合 *4 初期相談‥事案が法律問題かどうかの判断や一般的な法制度上のアドバイス 募集文書番号 M2022営推00409
まとめ
一般的に裁判には長い時間がかかるため、裁判中も権利侵害が継続したり、訴訟を無効化するような権利関係の変化が起こったりすることは、原告にとって大きな脅威であり、ぜひとも避けたいところです。
仮処分はそうした脅威を防ぐための制度であり、この制度を活用することで、原告は訴訟中の権利侵害を防ぎ、安全に訴訟を進めることが可能になります。
仮処分の申立てでは、担保提供や弁護士への依頼が必要になり、まとまった額の費用がかかります。
本案の民事訴訟や、債務者による保全異議申し立てへの対応、仮処分命令に従わない債務者への強制執行申し立てなどを行うにも、相応の費用が発生します。
債務者(被告)の側でも、審尋や保全異議申し立てなどのために弁護士への依頼は必須と言えます。
予め弁護士保険や各種の損害保険などに加入して、訴訟リスクに備えておくことをおすすめします。
木下慎也 弁護士
大阪弁護士会所属
弁護士法人ONE 代表弁護士
大阪市北区梅田1丁目1-3 大阪駅前第3ビル12階
06-4797-0905
弁護士として依頼者と十分に協議をしたうえで、可能な限り各人の希望、社会的立場、その依頼者らしい生き方などをしっかりと反映した柔軟な解決を図ることを心掛けている。
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