近年、民間の精子提供によるトラブルが多発しています。特に、令和3年(2021年)12月、東京地裁に提起された裁判が話題を呼びました。
裁判の内容は、簡単に言いますと、
「京都大学卒業」ということで精子提供を受けたが、実際は違っていた。
その他にも虚偽の申告があったとして 慰謝料3億3200万円を請求するというものです。
この裁判については色々な情報が飛び交っており、事実関係が明らかにならないとコメントできませんので、本記事では扱わないことにします。
ただ、精子提供について悩んでいらっしゃる方も多く、関心がある方もいらっしゃると思いますので、今回は、精子提供について法的に留意すべき点について書こうと思います。
記事に入る前に・・・
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種類ある精子提供
みなさんは「精子提供」についてどのくらい知識がありますか?
「精子提供って、病院でされるものじゃないの?」と思う方がほとんどではないでしょうか。その感覚は正しいです。
「病院で第三者からの精子提供を受ける方法」が本来の姿のように思います。
その方法はAID(非配偶者間人工授精)といいます。もっとも、「民間組織や個人による精子提供」が増えてきています。
この2つについてまずは見てみましょう。
医療機関におけるAID
(※AID=Artificial Insemination by Donor(ドナーによる人工授精))
AID(非配偶者間人工授精)を利用するためには、「無精子症等のため子ども持てない法律上の夫婦であること」
という条件があります。
しかし、この条件ですと
- シングルマザーのような法律上の夫婦ではない人は精子提供をしてもらえない
- 無精子症やそれに近い状況でなければ利用できない
- 同性婚の場合も法律上の夫婦ではないため精子提供はしてもらえない(※2022年2月時点)
などといった点がハードルになっています。
また、AIDにおいては、精子提供者の情報は病院側で非公開としていますが、生まれた子どもが情報開示請求をした場合に、裁判所が「精子提供者の個人情報」の開示を命じる可能性があります。
そのため、精子提供者は生まれた子どもの「父親」ということで扶養義務(子どもを育てる義務)を負う可能性があります。
病院としては、そのことを丁寧に説明するだけでなく、同意書の内容も変える必要がありました。
その結果、不安を覚えた精子提供者が減少し、AIDの実施件数も大幅に減少してしまったようです。
このような背景もあり、以下の民間組織や個人による精子提供が増えてきています。
民間組織や個人による精子提供
現在、民間組織や個人による精子提供についての法規制はありません。
そのため、
- 精子提供者を自由に選ぶことができる
- 提供方法も自由
精子提供の取引がうまく行けば
- 「学歴が高い人の精子がほしい」
- 「スポーツができる人の精子がほしい」
- 「自分が望む容姿の人の精子がほしい」
という希望がかなえられる可能性があります。
また、中には精子を「無償提供」する人もいるようです。(本当の意味で無償かどうかはご自身で判断する必要があります)
たしかに、民間組織や個人による精子提供は、一見よさそうにも感じます。実際、それで希望した人の精子提供を受けることができたという方もいらっしゃると思います。
そして、私自身、それ自体を否定するつもりはありません。
しかし、民間組織や個人による精子提供には法的な問題やリスクがありますので、その点は理解しておいた方がよろしいように思います。
民間組織や個人による精子提供の問題点
では、問題点を見ていきましょう。
問題点1 学歴が詐称される可能性がある。
これは冒頭の東京地裁の裁判での話になります。
精子提供者はHPを使って、精子提供者自身のプロフィールを記載します。
ただ、それが本当かどうかについては、確認しない限り、保証はありません。
「●●大学卒業」であるとか「職業が一流商社マン」であるとか、そういったプロフィールの情報が真実かどうかは、自分だけで判断するのでは危険でしょう。
証明となるものを提出してもらうべきですし、その証明となるものが偽物ではないかもきちんと調べた方がよいです。
大学であれば、「卒業証明書」や「学位記」のコピーはもちろん、その卒業証明書と精子提供者が同一人物であることを示す証拠として「身分証明書」、「印鑑証明」等を提供してもらうのがよいでしょう。
なお、冒頭の裁判では、慰謝料として3億3200万円を請求していますが、さすがにこの額が認められる可能性はきわめて低いでしょう。
民法上の「詐欺」や「錯誤」の主張は証明のハードルが高く、簡単に認めてもらえるわけではありませんので、詐称には気をつけたいところです。
問題点2 出会い系サイトとして利用している男性が混ざっている可能性がある
例えば、精子バンクと称する民間のHPでは「シリンジ提供とタイミング法のどちらかで提供します」ということが記載されています。
「シリンジ提供」というのは、おそらく精子を容器に入れて渡す方法だと思われます。
これは提供方法としてはまともなように思います。
これに対して、「タイミング法」は、どういう方法でしょうか?一見、タイミングに合わせて渡してもらうものかなとも思えます。
しかし、「タイミング法」とは、「性行為」によって精子を提供するものなのです。
精子提供者の中には真摯(しんし)に取り組んでいる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、中には単純に「性行為がしたい男性」が混ざっている可能性があります。
つまり、精子提供を「性行為をするための出会い系サイト」のように利用している人が混ざっている、ということです。
これが「無償提供でもいい」と言う人の本音なのかもしれません。
問題点3 不貞行為をしたとして精子提供者の妻から損害賠償請求をされる可能性がある
しかも、精子提供者の中にはプロフィールに「妻がいる」と記載されていることもあります。
そうすると、その精子提供者の妻に性行為による提供(タイミング法の実施)が発覚した場合、性行為をしたことによって、不貞行為をしたことになってしまうリスクがあります。
つまり、精子提供者の妻から損害賠償請求をされてしまう、ということです。
精子提供者は「妻にはOKをもらっています」と言うかもしれませんが、それが本当だという保証は一切ありません。
「妻がいる」という事実を知った上で性行為に及んでしまうと、精子提供を受けるという目的であろうと、裁判においては不貞行為として評価される可能性が高いので、配偶者がいる方からの「タイミング法」(性行為)による精子提供は受けない方がよいでしょう。
なお、「妻がいない」と言われていた場合には、「不貞行為をするつもりがなかった」(=故意がなかった)ということになるので、損害賠償請求を受ける可能性は減ります。
(とはいえ、ケースによりますので、絶対とはいえません。ご注意下さい)
問題点4 損害賠償請求された場合、精子提供者の居所がわからないと求償ができない
これは問題点3の続きになりますが、精子提供者の妻から損害賠償請求された場合、多くの場合は、精子提供者の責任分も含めてお金を払うことになります。
(これは、損害賠償債務が「不真正連帯債務」というものだからなのですが、細かい説明は省略します)
ですので、自分だけが損害賠償請求をされた場合、後日、精子提供者に対して、精子提供者の責任分は請求することができます(これを「求償」(=きゅうしょう)といいます)が、精子提供者の素性がわからないとそもそも求償すること自体ができません。
探偵をつけて探すとしても費用がかなりかかってしまいます。
その他にも、感染症のリスクや犯罪に巻き込まれてしまう可能性など、問題点は様々です。
望まれる法整備
このような状況では、
- AIDの条件や法整備を進めること、
- 民間組織や個人による精子提供を認めるとしても何かしらのルールを作ること
が望まれます。
①AIDの条件や法整備を進めること
「無精子症等のため子ども持てない法律上の夫婦であること」
という条件を緩めることが正解とは限りません。
もっとも、同性婚が世間に認知されてきている現在においては、この条件を維持するかどうかについて、議論を尽くすべきでしょう。
②民間組織や個人による精子提供を認めるとしても何かしらのルールを作ること
こちらについては、ルールが全くないので、やりたい放題です。
法整備が進まないのは、どういう規制をすればいいかわからないからなのかもしれません。
しかし、少子化が進む現在においては、安心して精子提供が受けられる時代を実現できるよう、自らの経歴等を詐称して精子提供をする人に対しては刑事罰等の検討をしてもいいのではないかと考えます。
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おわりに
いかがでしたでしょうか。
私は、民間組織や個人による精子提供をすすめるわけではありませんし、法的な制約がない以上、しない方がいいとも考えておりません。
ただ、民間組織や個人による精子提供を受ける際には、冒頭の裁判のようなトラブルにならないように注意しましょう。
また、もしもの時の備えとして弁護士保険でリスクに備えていただくこともオススメします。
少しでも読んだ方の参考になったのであれば幸いです。
弁護士 松本 隆
神奈川県 弁護士会所属
横浜二幸法律事務所
所在地 神奈川県横浜市中区山下町70土居ビル4階
TEL 045-651-5115
労働紛争・離婚問題を中心に、相続・交通事故などの家事事件から少年の事件を含む刑事事件まで幅広く事件を扱う
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