認知症の人が書いた遺言書の有効性は7割…無効と判断される境界線と対策法

「親が認知症になってしまったけれど、遺言書を残してもらいたい」
「認知症の診断を受けた後に書いた遺言書は無効になるの?」
「母が亡くなって遺言書が見つかったけど、認知症だったから無効なのでは?」

このように、認知症と遺言書にまつわる不安や疑問を抱えていませんか?

結論から言うと、認知症と診断されても遺言書が直ちに無効になるわけではありません。

裁判所は「判断力」「記憶力」「意思表明力」の3要件を総合的に評価して、遺言書の有効性を判断します。

本記事では、認知症の方が書いた遺言書の有効性について、具体的な判例分析や認知機能テストと有効率の関係などを、弁護士監修のもと、わかりやすく解説しています。

認知症と診断された方の遺言書に不安を感じている方は、ぜひ参考にしてください。

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目次

認知症でも遺言書が有効となる条件

認知症と診断された方が作成した遺言書は、遺言作成時の「判断力」「記憶力」「意思表明力」の3要件をふまえて、総合的に評価されます。

実務上ではどのように判断されるのでしょうか?

弁護士

では、具体的な裁判事例を元に、要件について詳しく解説します。

3つの条件とは

条件1:判断力

判断力とは、「遺言内容とその法的効果を理解できる能力」のことを指します。

東京地裁平成28年3月10日判決では、認知症の診断を受けていた遺言者が「全財産を長男に相続させる」という簡潔な内容の遺言書を作成した事例において、裁判所は有効と判断しています。

この判決の重要な点は、遺言内容の複雑さと要求される判断力のレベルを相関的に評価したことです。

単純な遺言内容であれば、認知機能が低下していても、その内容を理解し判断する能力があると認められやすくなります。

医師の診断書において「事理弁識能力に疑問がある」とされていても、遺言作成時の具体的な状況、例えば公証人との受け答えが適切であったことや署名が乱れていないことなどが、本人に判断力があったと認められる証拠となりえます。

特に、遺言内容がこれまでの本人の意思と一致している場合は、判断力が認められる可能性が高いでしょう。

条件2:記憶力

記憶力の要件は、遺言内容を完全に暗記する必要はなく、その主旨を理解し再現できれば足りるとされています

名古屋高裁令和元年6月25日判決では、長谷川式認知症スケール(HDS-R)で17点という認知症の疑いがある数値を示していた遺言者の事例が扱われました。

記憶力の程度は遺言内容の複雑さと相関関係にあります。

多数の不動産を抱えており、複数の相続人に細かく配分するような複雑な遺言では、より高度な記憶力を要求される可能性が高いです。

介護記録や医療記録に「同じ質問を繰り返す」「直前の会話を覚えていない」などの記載があっても、遺言の主旨を一貫して表明できていれば、記憶力の要件は満たされる可能性があります。

条件3:意思表明力

意思表明力とは、自己の意思を外部に表現できる能力のことであり、必ずしも流暢な会話能力を要求するものではありません。

福岡地裁平成30年11月15日判決では、言語機能に一定の障害があった遺言者の事例において、証人の証言が決定的な役割を果たしました。

意思表明力の評価では、言語的コミュニケーションだけでなく、非言語的な表現も考慮されます。

頷き、手振り、表情の変化なども意思表明の手段として認められます。

重要なのは、遺言者が自発的に、かつ一貫性を持って意思を表明できているかという点です。

第三者による誘導や強制の形跡がなく、遺言者が自分の意思に基づいて表現していることが証明されれば、意思表明力は認められます。

医学的診断と法的評価の違い

遺言能力があるかどうかの判断は、医学的な認知症の診断とは別に、法律上の観点から行われます。

たとえ医師が「中等度認知症」と診断していても、法的には遺言能力があると判断されるケースも少なくありません。

裁判所は、遺言作成時点での具体的な状況を重視します。

例えば、普段は認知機能が低下していても、遺言作成時に一時的に意識がはっきりする「まだら認知症」の状態であれば、その瞬間の能力で判断されるというわけです。

また、遺言の動機の合理性も重要な判断材料となります。

たとえば、長年介護してくれた子供により多くの財産を残すといった内容は、本人の意思として自然なものであり、遺言能力を裏付けるものとして考慮されることがあります。

公正証書遺言の優位性

公正証書遺言は、公証人という法律専門家が作成に携わる形式の遺言です。

そのため、自筆証書遺言と比べ、遺言能力があったことを示す証拠としての信頼性が高いという特徴があります。

公証人は遺言者との面談を通じて意思能力を確認したうえで遺言書をまとめるため、その判断は裁判でも重要な証拠となります。

ただし、公正証書遺言であっても絶対的な効力を持つわけではありません。

公証人が遺言者の認知症の程度を十分に把握していなかった場合、形式的に手続きを進めても、遺言の有効性は否定される可能性があります。 

HDS-RとMMSEの役割

長谷川式認知症スケール(HDS-R)ミニメンタルステート検査(MMSE)の結果は、遺言能力判断における重要な客観的証拠となります。

一般的に、HDS-Rで20点以下は認知症の疑い、10点以下は高度の認知症とされますが、これらの数値だけで遺言能力の有無が決まるわけではありません。

裁判例を見ると、HDS-R10点前後でも単純な遺言内容であれば有効とされたケースがある一方、17点でも複雑な遺言内容の場合は無効とされた例もあります。

重要なのは、検査結果と遺言内容の難易度、そして遺言作成時の具体的な様子を総合的に評価することです。

また、検査日と遺言作成日が近ければ近いほど、証拠価値は高くなります。

弁護士

HDS-Rスコアについては「認知機能テスト結果と遺言有効性の相関」にて詳しく解説します。

認知症の人が書いた遺言書が【有効】と判断された判例6選

認知症診断後の遺言でも、裁判所が有効と認めた事例はたくさんあります。

弁護士

ここでは代表的な5つの判例を通じて、どのようなポイントが遺言の有効性を支えたのか、具体的な判断基準について解説します。

判断力証明が決め手となった判例【東京地裁 平成28年3月10日】

東京地裁平成28年1月29日判決では、認知機能低下により理解力・判断力に障害が生じていた高齢者の公正証書遺言を、有効と認めました。

この事例の特徴は、遺言内容が「従前の遺言を撤回して相続人の一人(またはその長男)に財産を相続させる」という3条項のみの簡潔な構成だった点です。

裁判所は、複数の相続人に多数の遺産を配分するような複雑な内容ではなく、当時の遺言者の認知能力でも趣旨を理解することは困難でないと判断。

遺言作成時、遺言者は公証人の質問に対して適切に応答し、文字が乱れることなく署名できていました。

また、遺言内容が従来表明していた意向と一致していたことも、判断力があると認められる要素となりました。

この判決は、認知症と診断されても、遺言の内容が比較的単純であり、それを遺言者が十分に理解していれば、遺言能力が認められるということを示した重要な先例となっています。

記憶障害でも要件を満たせば有効【名古屋高裁 令和元年6月25日】

名古屋高裁の判決では、長谷川式認知症スケール(HDS-R)で一定の点数を記録していた遺言者の事例が扱われました。

認知機能検査の結果は、遺言能力判断の客観的証拠として重視されますが、数値だけで判断されるものではありません。

この事例では、遺言者が検査で認知症の疑いがある数値を示していたにもかかわらず、遺言の主要部分について理解し、自分の意思として公証人に伝えられていました。

裁判所は、短期記憶に障害があっても、誰に何を相続させたいかという遺言の核心部分を把握していれば、記憶力の要件を満たすと判断。

遺言の内容をすべて覚えているかどうかではなく、遺言の趣旨を一貫して保持し表明できるかが重視されました。

たとえ、介護記録に記憶障害の記載があっても、遺言作成時において必要な記憶が保たれていれば、有効性は認められる可能性があることを示しています。

公証人が意思能力を認定【福岡地裁 平成30年11月15日】

福岡地裁の判決では、公証人と証人の証言が、遺言の有効性を決定づけました。

遺言者は言語機能に一定の障害があり、公証人の質問に対して、主に「はい」「いいえ」で応答していましたが、重要な部分では明確な意思表示ができていました。

証人として立ち会った2名は、遺言者の表情や仕草から真意を読み取れたと証言し、これが意思表明力を裏付ける証拠となったのです。

公証人は遺言者との面談を通じて意思能力を確認し、その専門的判断が裁判でも重視されました。

この判決は、言語的コミュニケーションに制限があっても、非言語的な表現を含めた総合的な意思表明が認められれば、遺言能力があると判断されることを示しています。

第三者による誘導や強制の形跡がなく、自発的な意思表明であることが確認されたことも、有効性を判断するうえでの重要な要素となりました。

遺言執行者指定による証拠の補強【札幌地裁 令和2年4月20日】

札幌地裁の事例では、遺言書内で遺言執行者を指定していたことが、遺言者の判断力を示す証拠の一つとして評価されました。

遺言執行者の指定は、単に財産を誰に渡すかだけでなく、その実現方法まで考慮するという、高度な判断力が必要となります。

遺言者は認知症の診断を受けていましたが、信頼できる専門家(弁護士)を遺言執行者に指定し、スムーズに相続手続きができるよう準備していたのです。

先を見通したこの行動は、遺言作成時に十分な判断力があったことを示す証拠となりました。

また、遺言執行者として指定された弁護士が遺言を作成する過程において関与し、遺言者の意思能力について証言できたことも、遺言の有効性を支える要因となりました。

専門家の関与は、遺言内容の適法性だけでなく、遺言者の能力評価においても重要な役割を果たすことが示されています。

意思表明力の可視化【広島高裁 令和3年8月9日】

広島高裁の判決では、遺言作成過程を動画記録していたことが遺言能力を判断するうえで決定的な証拠となりました。

映像には、遺言者が自発的に意思を表明しており、第三者による誘導や強制がないことが明確に示されていました。

動画記録は、遺言作成時の遺言者の表情、声のトーン、応答の速さなど、書面では伝わらない情報を保存する手段として有効です。

この事例では、遺言者が質問の意味を理解し、考えたうえで回答している様子が確認でき、判断力の存在を裏付ける証拠となりました。

さらに、日記や手紙など、遺言者が日常的に作成していた文書も証拠として提出され、遺言作成時期の認知機能レベルを推定する材料の一つとなりました。

認知症の診断があったにもかかわらず、こうした意思表明能力を可視化した証拠の蓄積が、遺言能力を認める判断につながった事例です。

生活状況からの能力推定【東京地裁令和4年3月2日】

東京地裁令和4年3月2日判決では、87歳で認知症の疑いがあった遺言者の自筆証書遺言が有効とされました。

裁判所は、遺言者が精神上の障害により、事理を弁識する能力が十分でなかった可能性を完全に否定できないとしつつも、遺言作成時の生活状況を詳細に検討した結果、遺言能力があると判断しています。

遺言者はデイサービス利用が週1回程度で、自宅で単身生活を続けており、日常生活において一定の自立性を維持していました。

遺言書に自ら付記した付言事項の内容・形式に不自然な点がなく、署名押印も乱れがないことが確認されました。

これらの事実から、文書作成能力が保たれていたと判断されたのです。

この判決は、単に医学的診断から判断するのではなく、実際の生活能力や文書作成能力といった機能的側面から遺言能力を評価することの重要性を示しています。

認知症の人が書いた遺言書が【無効】と判断された判例8選

認知症の進行により遺言能力が否定され、遺言書が無効とされた判例を分析します。

弁護士

以下の事例から、どのような状況下で遺言が無効となるのか、具体的な判断基準を見てみましょう。

判断力不足で遺言無効となった判例【大阪地裁 平成29年9月5日】

大阪地裁の判決では、遺言者の判断力が著しく低下していたことを理由に遺言が無効とされました。

遺言者は遺言作成時、自分の財産内容を正確に把握できず、相続人の名前や続柄についても混乱が見られる状態でした。

特に問題となったのは、遺言内容が複雑で、遺言者自身がその内容を理解できていなかった点です。

複数の不動産を異なる相続人に配分する内容でしたが、遺言者は不動産の所在地や評価額について答えられませんでした。

医療記録によると、遺言作成の数か月前から見当識障害が顕著になり、日付や曜日を正確に答えられない状態が続いていました。

さらに、遺言作成当日の看護記録には、「質問の意味を理解できず、的外れな回答を繰り返していた」と記載されています。

これらの証拠から、裁判所は遺言者に判断力がなかったと認定し、遺言を無効としました。

複雑な遺言内容は不可能と判断【東京高裁 令和元年11月12日】

東京高裁令和元年10月16日判決では、遺言者の記憶障害が、遺言の無効判断において決定的要因となりました。

一審では有効とされた遺言が、控訴審で無効と判断が覆された事例です。

遺言者(86歳)は遺言作成前に実施された長谷川式認知症スケールで17点を記録し、20点以下で認知症の疑いが強まる水準でした。

問題の遺言は、16筆の不動産と4つの金融機関にまたがる預貯金等を、十数名の相続人に配分するという複雑な内容でした。

高裁は、このような複雑な遺言内容を理解し、記憶するには相当の認知能力が必要であると指摘し、17点というスコアでは不可能であると判断。

特に、公証人がHDS-Rの低スコアを知らずに遺言作成に至っていた事実も指摘され、形式的な手続きの履行だけでは遺言の有効性は担保されないことが示されました。

自筆証書遺言の証人不在で無効【仙台地裁 令和4年2月18日】

仙台地裁の判決では、自筆証書遺言において、遺言者の意思能力を証明する第三者証言が全く得られず、遺言書が無効となりました。

遺言者は一人暮らしで、遺言作成時の様子を目撃した者がいなかったのです。

遺言発見後、相続人間で遺言の有効性について争いが生じましたが、遺言作成時の遺言者の状態を証言できる者が存在しませんでした。

医療記録では、遺言者は遺言作成の前後で認知症と診断されており、介護認定でも要介護3の判定を受けていました。

裁判所は、認知症診断がある中で、遺言能力を積極的に証明する証拠が全くない状況では、遺言能力の存在を認めることはできないと判断。

この判決は、認知症の疑いがある場合、遺言作成時の証人確保がいかに重要かを示す事例となっています。

診断書の信頼性欠如【横浜地裁 令和3年3月22日】

横浜地裁の事例では、遺言作成後に取得された医師の診断書の信頼性が認められず、遺言が無効とされた判例です。

遺言者側は、遺言作成時に遺言能力があったとする医師の診断書を証拠として提出しましたが、その診断書には重大な問題がありました。

診断書を作成した医師は、遺言作成時点で遺言者を診察しておらず、事後的に家族からの聞き取りのみで診断書を作成。

また、遺言作成の前月に別の医師が「高度認知症」と診断していたにもかかわらず、「軽度認知障害」と虚偽の内容を記載しました。

裁判所は、このような事後的かつ不正確な診断書には証拠価値がないと判断。

むしろ、継続的に診療していた主治医の診断記録を重視しました。

主治医の記録では、遺言作成時期には既に意思疎通が困難な状態であったことが示されており、遺言は無効とされました。

書式ミスによる棄却【京都高裁 令和2年10月7日】

京都高裁の判決では、認知症の影響による書式不備が遺言無効の理由となっています。

遺言者は自筆証書遺言を作成しましたが、日付の記載が不完全で、署名も判読困難な内容でした。

遺言書の筆跡鑑定の結果、認知症による手の震えや筆圧の低下が認められ、文字の形が大きく崩れていました。

また、同一の財産を複数の相続人に重複して相続させる記載があり、遺言内容にも矛盾がある状態だったのです。

裁判所は、これらの書式上の不備は単なる形式的瑕疵ではなく、遺言者の認知機能低下を示す証拠であると判断。

特に、日付の記載ミスや署名の乱れは、遺言作成時に必要な注意力や集中力が欠けていたことを示すものとして、遺言能力の欠如を推認する材料とされました。

取り繕い現象による誤認【東京地裁平成29年3月29日】

東京地裁平成29年3月29日判決は、認知症患者特有の「取り繕い現象」により、表面的には正常に見えても実際には遺言能力がなかったと認定された事例です。

取り繕い現象とは、本人が自分の認知機能の低下を自覚しており、それを隠そうとしてその場を取り繕うような発言や行動をすることです。

遺言者は平成26年3月頃から認知症を発症し、MMSE検査で8点(23点満点)という中程度の認知症状態にありました。

しかし、公証人や弁護士との短時間の面談では、初対面の相手に対してしっかりと応答していました。

裁判所は、「認知症患者には、自身の症状を隠すため、初対面の人等に対して如才なく応答し、曖昧な回答をする取り繕い現象が日常的に見受けられる」と指摘し、短時間の接触では認知機能低下を見抜けないことがあると認定。

実際、遺言者は弁護士との面会前に応答を練習させられていた事実も判明し、遺言は無効とされました。

極度の認知症での公正証書遺言無効【東京地裁令和3年3月5日判決】

東京地裁令和3年3月5日判決では、HDS-R4点という極めて低い認知機能状態で作成された公正証書遺言が無効とされています。

遺言者は平成23年にアルツハイマー型認知症と診断され、遺言作成時には会話も困難な状態でした。

平成28年の転院時にはHDS-R4点、高齢者総合評価では認知機能・遅延再生が×(ヒントなしで言える状況ではない)という状態で、自分の居場所や年齢、季節も答えられませんでした。

看護記録には、「場所が病院であることや年齢、入院の時期等について質問されても答えられず」との記載がありました。

これは、公正証書遺言であっても例外的に無効と判断された希少な事例です。

公証人の関与があっても、遺言者の認知機能が著しく低下している場合、形式的な手続きの履行だけでは遺言の有効性は保証されないことが確認されました。

脳出血後の高次脳機能障害【東京地裁令和4年11月24日判決】

東京地裁令和4年11月24日判決では、脳出血による高次脳機能障害を発症した遺言者の2通の公正証書遺言がいずれも無効とされています。

遺言者は平成29年5月に脳出血で入院し、高次脳機能障害(認知障害)と診断されました。

同年7月のHDS-Rテストではわずか4点で、入院中は意味を持たない言動や失禁行為も見られました。

このような状態で同年11月に複雑な内容の公正証書遺言を作成。

翌年10月にも別の公正証書遺言を作成しましたが、この時点ではHDS-Rにおいて0点で、意思疎通困難な状態でもありました。

裁判所は、脳血管障害による認知機能障害は不可逆的であることを重視し、一時的な改善の可能性も否定し、両遺言とも無効と判断しました。

この判決は、器質的脳障害による認知症の場合、その後の遺言能力回復が極めて困難であることを示しています。

判例比較でわかる!有効・無効を分ける3大ポイント

弁護士

認知症患者の遺言が有効となるか無効となるかは、証拠の収集方法と提出戦略によって大きく変わることが判例から見て取れます。

では、実際にはどのように立証するのがいいのでしょうか?

「判断力」を客観的に証明する方法

判断力の立証で決定的となるのは、遺言作成場面の具体的な記録です。

成功事例では、遺言者が質問の意味を理解し、考えてから回答するまでの「反応時間」が記録されていました。

瞬時の反射的回答ではなく、熟慮の過程が確認できることが重要です。

具体的には、遺言作成の1か月前から「判断力日誌」を作成することが効果的です。

日常的な金銭管理の様子、複雑な話題への理解度、意思決定の一貫性などを記録しておきましょう。

特に、遺言内容に関連する話題(財産の把握、相続人への思い)について、自発的に語った内容を日付とともに記録しておけば、後日の紛争時に強力な証拠となります。

判例では、遺言者が作成した他の文書(契約書、手紙、メモ)との比較も重要視されています。

遺言作成時期の他の文書と筆跡、文章構成、論理性を比較することで、その時点での判断力を客観的に示すことが可能です。

公証役場での面談記録に加え、事前相談時の録音や筆記メモも保存しておくことをおすすめします。

「記憶力」テスト結果の提出タイミング

記憶力の立証における最大の落とし穴は、検査実施のタイミングです。

これまでの判例によると、遺言作成日から2週間以上離れた検査結果は、証拠価値が著しく低下していることがわかります。

理想は、遺言作成の前後3日以内に検査を実施することです。

また、あらかじめ、検査環境を記録しておきましょう。

検査時の体調、服薬状況、睡眠時間などが記憶力に影響するため、これらの情報も併せて記録します。

特に、認知症薬の服用タイミングと検査時刻を合わせておくことは重要で、薬効のピーク時に検査を受けることで、最良の状態を記録できます。

なお、認知症の評価は、段階的に検査する方法が有効です。

まず簡易的なスクリーニング検査を行い、その結果が境界域(HDS-R15-20点)の場合は、より詳細な神経心理学的検査を追加実施します。

複数の検査結果を組み合わせることで、記憶力の多面的な評価が可能となり、裁判での説得力が増します。

「意思表明力」を裏付ける証人・公証人の役割

意思表明力の証明で見落とされがちなのは、証人の「質」です。

単に立ち会うだけでなく、遺言者との対話を通じて、意思確認を行える証人が必要です。

理想的な証人構成は、医療・福祉の専門職1名と、遺言者の生活歴を知る者1名の組み合わせです。

証人には事前に「観察ポイントリスト」を渡し、統一的な基準で観察してもらいます。

チェック項目には、以下のような内容を含めます。

  • 質問への反応速度
  • 視線の動き
  • 感情表現の適切さ
  • 話題の一貫性 など

遺言作成後は、各証人が独立して観察記録を作成し、後日の証言に備えます。

また、公証人との事前打ち合わせも意思表明力を証明するうえで、重要なポイントです。

打ち合わせでは、遺言者の状態について率直に相談し、必要に応じて面談時間を長めに設定してもらいます。

急がず、遺言者のペースに合わせた進行で、真の意思を確認できる環境を整えることが、後の相続人間でのトラブル防止につながります。

遺言の結果を左右する認知機能テスト結果

長谷川式認知症スケール(HDS-R)の点数と、遺言有効率には明確な相関関係が存在します。

過去の判例では、20点を境に有効率が大きく変動することが判明しており、さらに遺言内容の複雑さが結果を左右するポイントとなっています。

遺言が有効か無効か…。何が明暗を分けるのでしょうか?

弁護士

大事なことは「本人の意思で遺言を残せたか?」というところになります。

HDS-R 20点以上:有効率70%超の根拠

HDS-R20点以上の場合、遺言が有効と判断される確率は70%を超えます。

この数値は認知症の疑いがあるとされる境界線ではありますが、多くの判例において遺言能力が認められています。

20点以上あれば、日常生活における基本的な判断力は保たれており、単純な遺言内容なら十分理解できていると評価されるためです。

実際の判例では、HDS-R21点の遺言者が「全財産を配偶者に相続させる」という包括的な遺言を作成し、有効と認められたケースがあります。

ただし、遺言内容が極めて複雑な場合、20点以上でも無効となることもあります。

場合によってはより高度な認知機能が要求されるため、25点以上でも認められないケースもあります。

HDS-R 20点未満:有効事例の裏側分析

HDS-R20点未満でも遺言が有効とされた事例には、「遺言の内容が非常に簡潔である」という共通する特徴があります。

たとえば、認知機能が低下していた遺言者の公正証書遺言が有効とされた事例では、「従前の遺言を撤回して相続人の一人に財産を相続させる」という3条項のみで構成されていました。

HDS-R 17点という、いわゆる境界域とされる得点でのケースでは、遺言作成時の状況を裏付ける証拠が決定的となります。

たとえば、公証人との受け答えが適切であること、署名に間違いがないこと、従来の意向と相違がないことなどが総合的に評価されます。

特に重要なのは、遺言内容が遺言者の生前の言動と矛盾していないことです。

HDS-R 10点以下の重度認知症でも、例外的に有効とされるケースがあります。

この場合も、「全財産を長年介護してくれた子に相続させる」といった、動機が極めて明確で単純な内容の場合です。

ただし、このような低得点での有効例は極めて稀であり、複数の証拠(動画記録、複数の医師の意見書、継続的な意思表示の記録)も必要となります。

MMSE検査との併用による精度向上

ミニメンタルステート検査(MMSE)は、HDS-Rと異なる側面から認知機能を測定する評価方法です。

特に、遅延再生(記憶の保持)や構成能力(複雑な指示の理解)など、遺言能力の有無に直結する能力を評価する点に特徴があります。

東京地裁平成29年3月29日判決では、MMSEで8点(23点満点)と著しく低かったことが遺言無効の根拠となりました。

実務においては、HDS-RとMMSEの両方を実施することで、認知機能をより多面的に評価することが可能です。

例えば、HDS-Rが18点でもMMSEで遅延再生が0点だった場合、複雑な遺言内容を記憶保持できないと判断される可能性が高く、遺言能力において疑問が生じます。

逆に、両検査で一定以上の得点があれば、認知機能が保たれている可能性が高いと推定できます。

認知機能の変動パターンと遺言を作成するタイミング

まだら認知症では、認知機能が時間帯や日によって大きく変動します。

判例では、このような変動性を考慮し、遺言を作成した時点での能力を個別に評価しています。

たとえば、午前中に認知機能が比較的安定している患者であれば、その時間帯に遺言を作成することで、有効性を認められる可能性が高くなります。

また、認知機能の経時的変化も重要な判断材料の一つです。

過去の検査記録から認知機能の低下が確認され、その進行が明らかだった場合に、遺言が無効となったケースもあります。

定期的に認知機能検査を行うことにより、能力の推移を客観的に示せます。

実践的には、遺言作成を検討する段階で、2週間程度の「認知機能日記」を作成し、認知能力が比較的良好な時間帯を特定することがおすすめです。

このような記録は、遺言作成時の能力を推定する補助的証拠としても活用できます。

検査結果の解釈における注意点

認知機能検査の数値は、あくまで参考指標であり、機械的に遺言能力を判断するものではなく検査時の状況も考慮されます。

体調不良、睡眠不足、薬の副作用などが検査結果に影響する可能性があるため、これらの情報も記録しておくことが重要です。

特に、認知症薬の変更直後や、入院などの環境変化があった場合は、検査結果が実際の能力を反映しない可能性があります。

また、検査を実施する医師の専門性も問われます。

認知症専門医による検査と一般内科医による検査では、裁判での証拠価値に差が生じることがあります。

可能な限り、認知症の診断・治療経験が豊富な医師による評価を受けるようにしましょう。

生前準備の5ステップで無効リスクを最小化

認知症の診断を受けた後でも、適切な準備を行うことで、有効な遺言書を作成できます。

できる限り元気なうちに、様々な手続きを進めていくことが大事ですね。

弁護士

将来的なトラブルを避け、遺言者の意思を実現させるためにも、以下の5つの手順で準備を進めることをおすすめします。

医師診断書+HDS-Rスコア取得方法

遺言能力を客観的に証明するうえで、医師による診断書の取得は欠かせません。

重要なのは、単に「認知症」という診断名だけでなく、具体的な症状と程度を記載してもらうことです。

診断書には、見当識の程度、理解力、判断力について具体例を交えた記載を依頼しましょう。

診断書作成の依頼時には、「遺言作成のため」という目的を明確に伝えることが重要です。

医師によっては、遺言能力に関する意見書を別途作成してくれる場合もあります。

なお、主治医が認知症専門医でない場合は、専門医へのセカンドオピニオンも検討すべきです。

診断書と検査結果の原本は厳重に保管しておき、必要に応じて、関係者とコピーを共有しておきましょう。

公正証書遺言で書式・証拠力を強化

公正証書遺言では、法律専門家である公証人が作成に関与するため、形式不備による無効リスクがほぼありません。

遺言者に適切な認知機能があれば、公正証書による作成が最も確実な方法です。

公証役場での手続きでは、事前相談が重要です。

遺言者の状態について率直に相談し、必要に応じて出張による作成も検討します。

公証人には、遺言者のペースに合わせた進行を依頼し、質問に対する回答は専門用語を使わず、簡潔で分かりやすい言葉で行ってもらいましょう。

遺言内容は可能な限りシンプルにすることがおすすめです。

「全財産を妻に相続させる」といった包括的な表現や、法定相続分による分割など、理解しやすい内容にします。

複雑な財産配分が必要な場合は、主要財産のみ個別指定し、その他は包括条項(個別にすべてを列挙しなくても包括的に対象を指定できる条項)でカバーする工夫が有効です。

遺言執行者と証人への事前説明

遺言執行者の指定は、確実に遺言内容を実現するうえで、極めて重要です。

信頼できる専門家(弁護士・司法書士)を指定することで、相続手続きがスムーズに進められます。

指定にあたっては、遺言者の状態や遺言作成の経緯を詳しく説明し、将来的な紛争に備えて記録を残してもらいます。

証人選定では、医療・福祉関係者と遺言者の生活についてよく知っている人を組み合わせることが理想的です。

証人には、単なる立会いではなく、遺言者の意思を確認する役割として、積極的に関与してもらいましょう。

具体的には、遺言内容について遺言者に質問し、理解度を確認する役割を担ってもらいます。

また、遺言作成前に事前説明会を設け、証人に「観察記録シート」を配布しておくことをおすすめします。

記録項目には、遺言者の表情、応答の適切さ、感情表現、話の一貫性などを含め、統一的な基準で記録を残すよう依頼します。

これらの記録は、将来の証言の基礎資料となり、遺言書の有効性を支える証拠となります。

動画・日記による意思能力の可視化

動画記録は、遺言作成時の遺言者の状態を明確に示す証拠となります。

遺言作成する前や、後を含めて撮影し、遺言者が自発的に意思表明している様子を記録します。

重要なのは、第三者による誘導がないことを明確に示すことです。

日記や手紙などの日常的な文書も、継続的な意思能力を示すうえで重要な証拠となります。

遺言作成の数か月前から、定期的に日記をつけておくことがおすすめです。

遺言の内容は簡単でも構いませんが、日付と署名は必ず記載しましょう。

なお、財産や家族に関する思いを記載することで、遺言内容との整合性が示せます。

また、写真付きの活動記録も有効です。

家族行事への参加、趣味活動、外出の様子などを写真と共に記録することで、社会生活能力があったことを証明できます。

これらの記録は、デジタルデータだけでなく、プリントアウトして日付を記入し、アルバムとして保管するとよいでしょう。

定期的な内容確認&更新のタイミング

遺言書は一度作成したら終わりではありません。

認知機能の変化に応じて、定期的な見直しが必要です。

具体的には、6か月ごとに遺言内容を確認し、遺言者の意思に変更がないか確認することが理想です。

この確認作業自体が、継続的な遺言能力の証明にもなります。

更新のタイミングは、認知機能の状態を慎重に見極める必要があります。

HDS-Rが20点を下回り始めたら、早急に遺言の見直しを検討すべきです。

ただし、新しい遺言によって古い遺言が撤回されるため、本当に必要な場合のみ更新しましょう。

確認作業では、遺言者に現在の遺言内容を説明し、理解と同意を得ます。

この際の様子も記録に残し、「○年○月○日、遺言内容を確認し、変更の必要なしと判断」といった記録を作成します。

認知機能が低下して内容理解が困難になった場合は、それ以上の更新は控え、これまでに作成した遺言内容を維持しましょう。

家族への事前説明

遺言作成において見落とされがちなのが、家族への事前説明です。

認知症の診断後に突然遺言書が作成されると、他の相続人から疑念を持たれる可能性があります。

可能な限り、主な相続人には遺言作成の意図を事前に伝えておき、理解を得ることが望ましいでしょう。

家族会議では、遺言者本人が主体となって意思を表明することが重要です。

認知機能に不安がある場合は、医師や弁護士などの第三者を同席させ、客観的な立場から遺言者の意思能力を確認してもらいます。

会議の内容は議事録として記録し、参加者全員の署名を得ておきましょう。

ただし、家族関係が複雑な場合や、特定の相続人との関係が良好でない場合は、無理に全員の同意を得る必要はありません。

重要なのは、遺言者の真意に基づく遺言であることを客観的に証明することです。

認知症の遺言を巡る相続トラブルの解決手順

認知症だった故人の遺言書に疑問を感じた場合、適切に法的手続きを踏むことが重要です。

話し合いから訴訟までの手続きを段階的に進め、時間と費用を最小限に抑えながら、納得できる解決を目指します。

具体的にはどのような手順を踏んだらいいのでしょうか?

弁護士

まずは相続人同士で話し合い、合意が取れない場合には調停、訴訟と進んでいきます。

異議申立て~調停の期限と書類

遺言の有効性に疑問がある場合、まず他の相続人との協議から始めます。

遺言書の内容と異なる遺産分割でも、相続人全員の合意があれば可能です。

ただし、遺言執行者が指定されている場合は、遺言執行者との合意も必要となるため、できるだけ早く連絡しましょう。

話し合いで解決しない場合は、家庭裁判所での調停を申し立てます。

遺言無効確認は調停前置主義が採用されているため、原則として調停を経ずに訴訟を起こすことはできません。

また、調停申立ては、相続開始を知った時から速やかに行うべきです。

遺産分割の手続きが進んだ後では、遺言の無効を主張しても、認められる可能性が低くなってしまいます。

なお、調停において必要となるのは、以下の書類です。

  • 申立書
  • 遺言書の写し
  • 戸籍謄本
  • 相続関係説明図
  • 認知症の診断書
  • 介護記録

など

特に重要となるのは、遺言作成時期の認知症の程度を示す医療記録です。

医療機関のカルテ保存期間は5年と短いため、場合によっては時間との勝負になることもあります。

無効確認訴訟:提起から判決までの流れ

調停が不調に終わった場合、地方裁判所に「遺言無効確認訴訟」を提起する手続きに進みます。

この訴訟では、遺言が作成された当時、遺言者に遺言能力がなかったことを、原告側が立証する必要があります。

被告は、遺言によって利益を受ける相続人です。

訴訟は、以下の流れで行われます。

  1. 訴状提出
  2. 被告の答弁書提出
  3. 争点整理
  4. 証拠調べ
  5. 証人尋問
  6. 最終弁論
  7. 判決

証拠調べの段階では、医師の意見書、認知機能検査結果、介護記録などの書証と、遺言作成に立ち会った公証人や証人の尋問が行われます。

期間は事案によって異なりますが、第一審だけで1年から2年程度かかることが一般的です。

また、裁判所が専門的な医学的知見を必要とする場合は、医師による鑑定を実施することもあり、その場合はさらに長期化する可能性があります。

控訴、上告まで進めば、最終解決まで3年以上かかることも珍しくありません。

遺言の無効を主張する際に用意すべき資料リスト

遺言無効を主張する際に必要な資料は、大きく以下の3つに分類されます。

  1. 医療関係
  2. 生活状況関係
  3. 遺言作成関係

医療関係の資料

  • 診断書
  • カルテ
  • 看護記録
  • 介護認定資料
  • 認知機能検査結果(HDS-RやMMSEなど)

特に、遺言作成前後の時期に記録された詳細な情報は、判断力の有無を評価するうえで極めて重要です。

生活状況関係

  • 介護サービス利用記録
  • ケアマネージャーの記録
  • デイサービスの連絡帳
  • 家族の日記やメモ
  • 写真
  • 動画

これらは、日常生活での認知機能の実態を示す貴重な証拠となります。

遺言作成関係

  • 遺言書の原本
  • (公正証書遺言であれば)公証人の記録
  • 証人の陳述書
  • 遺言作成時の録音・録画
  • 従前の遺言書との比較資料

これらの資料に加えて、公証人に対して遺言者の認知機能に関する情報がしっかりと提供されていたかどうかも重要なポイントとなります。

相続人間の協議を成功させるポイント

訴訟に至る前の協議段階で解決できれば、時間と費用を大幅に節約できます。

協議を成功させるポイントは、感情論を避け、客観的な証拠に基づいた話し合いを心がけることです。

認知症の診断書や介護記録を示しながら、遺言作成時の状態を冷静に説明しましょう。

協議では、遺言の有効性だけでなく、故人の真意がどこにあったかを探ることも重要です。

また、生前の言動や家族関係をふまえ、合理的な遺産分割案を提示することで、相手方の理解を得やすくなります。

必要に応じて、中立的な第三者(弁護士や調停委員経験者)を交えて話し合うことも有効です。

協議の内容は必ず書面化し、参加者全員の署名を得ましょう。

たとえ完全な合意に至らなくても、争点を明確にすることで、その後の調停や訴訟をスムーズに進められます。

証拠保全の重要性

遺言無効を検討する場合、早期の証拠保全が重要です。

医療機関のカルテは法定保存期間が5年介護記録は2年と定められており、時間の経過とともに重要な証拠が失われる可能性があります。

介護施設の記録も同様に、できるだけ早く収集しましょう。

証拠保全の申立ては、地方裁判所や簡易裁判所に対して行います。

また、デジタルデータ(メール、SNS、写真)の保存も欠かせません。

故人のスマートフォンやパソコンに残された情報は、認知機能の変化を示す重要な証拠となることがあります。

ただし、遺言者のプライバシーに配慮し、必要最小限の範囲で収集することが求められます。

専門家の選び方と費用の目安

認知症遺言の無効確認は、医学的知識と法律知識の両方が必要な専門性の高い分野です。

弁護士を選ぶ際には、相続事件の経験だけでなく、認知症や遺言能力に関する判例に精通しているかを確認します。

初回相談では、類似事例の取扱い経験を聞くことが重要です。

費用は、着手金として30万円から100万円程度、成功報酬として経済的利益の10%から20%程度が一般的です。

ただし、この報酬金は、事案の複雑さや相手方の対応によって変動します。

また、医師の意見書作成費用(10万円から30万円程度)や鑑定費用(50万円以上)が別途必要になることも。

費用対効果を考慮すると、まずは相談や調停での解決を目指すことをおすすめします。

訴訟に発展した場合でも、和解による解決の可能性を検討しましょう。

弁護士

全面勝訴にこだわらない柔軟な姿勢が、良い結果につながることも少なくありません。

よくある疑問

認知症診断前後で有効性は変わる?

要件次第で変わらない

認知症の診断時期と遺言の有効性に直接的な因果関係はありません。

大切なのは、遺言作成時点に遺言能力があるかどうかです。

診断前に作成した遺言でも、既に遺言能力を欠いていれば無効となり、診断後でも遺言能力があれば有効となりえます。

京都地裁平成13年10月10日判決では、「痴呆性高齢者であっても、その自己決定はできる限り尊重されるべきであるという近時の社会的要請、及び、人の最終意思は尊重されるべきであるという遺言制度の趣旨」が示されました。

この判決は、認知症診断の有無よりも、個別具体的な能力評価が重要であることを明確にしています。

なお、現実的な問題として、診断前後では注意すべき点が異なります。

診断前は、後日認知症だったことが判明した場合に備え、遺言作成時の判断能力を示す証拠(日記、手紙、契約書など)を保存しておくことが重要です。

診断後は、医師の意見書や認知機能検査結果など、より客観的な証拠を収集する必要があります。

成年後見人がいる場合も遺言は作成できる?

可能だが注意点あり

民法973条により、成年被後見人でも一定の条件下で遺言を作成できます。

その場合に必要となる条件は、以下のとおりです。

  1. 事理弁識能力を一時的に回復していること
  2. 医師2名以上の立会いがあること
  3. 立ち会った医師が遺言書に事理弁識能力があった旨を付記して署名押印すること

この制度は、認知機能に波がある場合や、薬物治療により一時的に改善する場合を想定しています。

ただし、実際にこの方法で遺言を作成するケースは稀で、医師の協力が得られないことも少なくありません。

また、後見人は遺言作成に関与できないため、本人の自発的意思であることを明確にする必要があります。

成年後見制度利用前に遺言を作成することが理想的ですが、既に後見開始している場合でも諦める必要はありません。

主治医と相談し、認知機能が比較的良好な時期を見計らって準備を進めていきましょう。

なお、公正証書遺言、自筆証書遺言、秘密証書遺言のいずれの方式でも作成可能です。

公正証書遺言以外のリスクは?

自筆証書ならではの注意点がある

自筆証書遺言は、全文を自書する必要があるため、認知症の影響で筆跡が乱れたり、日付や署名に不備が生じたりしやすいという問題があります。

形式面のリスクとしては、以下のようなものが挙げられます。

  • 日付の記載漏れや誤記
  • 署名の判読困難
  • 押印の不鮮明

認知症が進行すると、これらの要件を満たすことが難しくなります。

また、保管場所を忘れたり、複数の遺言書を作成して内容が矛盾したりするリスクもあります。

内容面では、文章の論理性が欠如したり、財産の記載が不正確になったりする危険があります。

自筆証書遺言を選択する場合は、作成後に信頼できる第三者にチェックしてもらい、法務局の保管制度を利用することがおすすめです。

そうすることで、紛失や改ざんのリスクを軽減できます。

家族の反対があっても遺言は作れる?

本人の意思が最優先

遺言作成は、本人の意思に基づく極めて個人的な行為であり、家族の同意は法的要件ではありません。

むしろ、特定の相続人からの圧力や影響下で作成された遺言は、無効となるリスクが高まります。

ただし、実務的には家族の理解を得ることが望ましいでしょう。

認知症の診断後に家族の反対を押し切って遺言を作成した場合、後日、遺言能力を巡る紛争に発展する可能性が高くなるからです。

可能であれば、主要な相続人に遺言作成の意図を説明し、納得を得ます。

たとえ家族が反対する場合でも、遺言者の判断能力が明確であれば、その意思は尊重されるべきです。

相続人トラブルを防ぐためにも、公正証書遺言で客観性を担保しましょう。

さらに、医師の診断書や認知機能検査結果を添付することで、後日の紛争リスクを軽減できます。

遺言能力の判断は誰がする?

最終的には裁判所が判断

遺言作成時点では、公証人や証人が遺言者の遺言能力を判断しますが、これは絶対的なものではありません。

遺言の有効性に争いが生じた場合、最終的な判断権は裁判所にあります。

裁判所は、医学的診断、認知機能検査結果、生活状況、遺言内容の複雑さなど、様々な要素を総合的に考慮して判断します。

特に重視されるのは、遺言作成時点での具体的な状況証拠です。

医師の診断も重要ですが、必ずしもそれが決定的な判断材料となるわけではありません。

医師は医学的見地から認知症を診断しますが、法的な遺言能力の判断は別問題です。

そのため、医師が「遺言能力あり」と診断しても、裁判所が異なる判断をすることもあります。

相続人が認知症でも相続人になれる?

当然なれるが実務上の配慮が必要

相続人自身が認知症であっても相続権は失われません。

相続は被相続人の死亡によって当然に発生し、相続人の意思能力は要件とされていないからです。

ただし、遺産分割協議に参加するには意思能力が必要となるため、実務上の対応が必要です。

認知症の相続人がいる場合、症状の程度によって対応が異なります。

軽度であれば本人が協議に参加できますが、判断能力が不十分な場合は成年後見人の選任が必要です。

後見人が選任されれば、後見人が本人に代わって遺産分割協議に参加します。

なお、相続放棄や限定承認をする場合は、3か月の熟慮期間内に家庭裁判所への申述が必要です。

しかし、認知症により判断できない場合は、期間の伸長を申し立てることができます。

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まとめ

認知症と診断されても、遺言書が直ちに無効になるわけではありません。

重要なのは、遺言作成時点での「判断力」「記憶力」「意思表明力」の3要件を満たしていることです。

過去の判例によると、HDS-R20点以上で単純な遺言内容であれば70%以上が有効とされています。

生前対策として最も効果的なのは、認知機能が保たれているうちに公正証書遺言を作成し、医師の診断書や動画記録などの客観的証拠を残すことです。

遺言内容はできるだけシンプルにし、信頼できる専門家を遺言執行者に指定することで、将来の紛争リスクを軽減できます。

万が一、認知症の方が作成した遺言書の有効性に疑問がある場合は、まず相続人間での協議を試みましょう。

解決しない場合は調停、そして最終的には訴訟という段階的なアプローチを取ります。

認知症は誰もが直面する可能性のある問題です。

本記事の情報を参考に、ご自身やご家族の状況に応じた適切な対策を講じていただければ幸いです。

弁護士
東拓治弁護士

東 拓治 弁護士
 
福岡県弁護士会所属
あずま綜合法律事務所
福岡県福岡市中央区赤坂1丁目16番13号上ノ橋ビル3階
電話 092-711-1822

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