私、Xは、父Aを亡くした40代の主婦です。
相続人は、母Bがすでに他界しているので、私X、弟Y、妹Zの3人です。
遺産としては、2000万円の不動産と1000万円の預貯金がありました。
弟Yが父Aと同居していたのですが、父Aが亡くなった後に、父Aの遺産である不動産を3000万円で勝手に売ってしまい、預貯金も600万円引き出して自分のものにしてしまいました。
私と妹Zとしては、弟Yの使い込みを許すことができません。
このように、これから遺産分割しようというときに相続人のうちの1人による使い込みがあったケースでは、使い込みをした人(弟Y)に対して何かしらの請求はできないのでしょうか。
また、弟Yは、父が亡くなる前にも相当のお金を使い込んでいた可能性は高いのですが、その部分についても何かしらの請求はできないでしょうか。
記事に入る前に・・・
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従来は使い込みに対しては対処法がなかった。
使い込みはどういうときに発生するの?
相続人が使い込みをできるかというと、そう簡単ではありません。
その理由は
- 銀行口座は、ATMから引き出すためにはキャッシュカードと暗証番号が必要
- 銀行の窓口から引き出すためであれば通帳と銀行印が必要
- 不動産を売却するためには身分証明書や実印、印鑑証明などが必要
- 株式はインターネットで売却できるもののIDやパスワードが必要
ということで、相続人全員が自由に使い込みをすることができるわけではないからです。
「じゃあ、自分には関係ないかな」と思われるかもしれませんが、あなたの家族に以下に該当する方はいらっしゃいませんか?
使い込みをできるとしたら誰?
使い込みをすることができるのはどんな人でしょうか。
例えば、
- 親の財産を日常的に管理していた人
- 親の金庫などから通帳やキャッシュカードなどを持ち出すことができる人
- 生前から親の実家に出入りしている人(財産のありかを調べている可能性がある)
は使い込みをする可能性があります。
2019年の民法改正は、すべての使い込みをカバーしているの?
残念ながらそうではありません。
2019年の民法改正でカバーするのはあくまで
「相続発生後、遺産分割開始前」のケースのみです。
つまり「相続発生前の使い込み」や「遺産分割開始後の使い込み」のケースはカバーされていません。
■まとめ
①相続発生前の使い込み(処分) | × |
②相続発生後、遺産分割開始前の使い込み(処分) | ◎←改正はここをカバー!! |
③相続発生後、遺産分割開始後の使い込み(処分) | × |
相続発生後、遺産分割開始前の使い込み(処分)は法的に問題があるの?
最高裁判例は、遺産を数人が相続した場合、遺産は当然に「相続人全員の共有財産」となり、相続人は遺産分割前であっても共有持分(自分が持っている部分)を処分することはできますよ、と言っています。
ですので、必ずしも相続発生後、遺産分割開始前の使い込み(処分)のすべてが法的に問題ありとまでは言えませんでした。
どういう対処が可能になった?
使い込まれても遺産分割のときに「遺産がある」とみなすことができる!
まずは改正民法の条文を見てみましょう。
1 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。
これだとわかりにくいので、条件(要件)と効果を整理してみます。
条件(要件)~どんな条件があれば認められる?~
■条件(要件)
①「遺産に属する財産」であること ②「遺産の分割前」に「処分された」こと ③「共同相続人」の「全員の同意」があること |
です。
①「遺産に属する財産」であること
「遺産」とは死後に残された財産のことをいい、相続開始「前」の財産は含みません。
ですので、上で説明しましたとおり、改正がカバーするのは「相続開始後に使い込みがあったケース」であり、相続開始前に使い込みがあったケースはカバーされません。
②「遺産の分割前」に「処分された」こと
上で説明しましたとおり、「遺産分割前」であることが条件です。
また、「処分」とは、預貯金を引き出すことや不動産の売却とか宝石の売却のように「法律上の処分」をする場合だけでなく、物理的に壊したり、なくしてしまったりする場合といった「事実上の処分」も含むとされています。
③「共同相続人」の「全員の同意」があること
※処分をした張本人(共同相続人)は除く(2項)
共同相続人全員が「使い込んだ遺産を遺産分割の対象にしよう!」ということに同意してもらう必要があります。
ただし、「全員」とはいっても、処分をした張本人(共同相続人)は除きます。
これが実務上は非常に有意義です。
例えば、遺産分割調停は、以下のように進んでいきます。
Ⓐ遺産の範囲を決める → Ⓑ遺産の評価方法を決める →Ⓒ遺産の分け方を決める |
これまでは共同相続人が使い込んだお金については、その共同相続人が同意しないと遺産に含めることができなかったので、同意がないためにⒶ遺産の範囲を決められず、調停が進まない(長引く、不調になる)ということがしばしばありました。
しかし、処分をした共同相続人の同意がいらなくなったので、調停では、Ⓐ遺産の範囲を決めて、すぐに次のⒷⒸのステップに進むことができます。
ちなみに、「何に同意するか」というと、あくまで「処分されてしまった遺産を遺産分割の対象にすること」です。
「誰が処分したか」について同意するわけではありません。
最初に挙げたケースを条件(要件)にあてはめると
①「遺産に属する財産」であること
2000万円の不動産と1000万円の預貯金は遺産といえるので、これに該当します。
②「遺産の分割前」に「処分された」こと
弟Yは、父Aが亡くなった後に、父Aの遺産である不動産を3000万円で勝手に売ってしまい、預貯金も600万円引き出して自分のものにしてしまったので、遺産分割前に処分しており、これに該当します。
③「共同相続人」の「全員の同意」があること
私Xと妹Zが同意すれば、これに該当します。
ということで、①~③に該当するといえそうですね。
効果~遺産として存在すると「みなす」ってどういう意味?~
■効果
処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在する」ものと「みなす」ことができる
つまり、今回のケースでは
「処分された不動産3000万円と預貯金600万円が遺産の分割時に遺産として存在する」ものと「みなす」ことができる
ということになります。
これにより、遺産は残った400万円だけではなく、
「不動産3000万円と預貯金1000万円」のすべての遺産があることを前提に遺産分割をすることができることになります。
つまり、「使い込みがなかったのと同じ状況」を前提に遺産分割ができる、ということです。
なお、「みなす」とは、法律上、そのようなものをして取り扱いますよ、という意味です。
処分をした相続人が「処分してない!」と言ったらどうなる?
今回の民法改正は「処分をしたことが確実なケース」が対象です。
ですので、処分をしたことが疑われる相続人が「処分してない!」と主張した場合、
「処分をしたといえるだけの証拠」が必要になります。
裏を返せば、処分した証拠がなければ、改正民法は使えません。
銀行の預貯金を処分したというためには、引き出したり振り込んだりしたといえるような証拠、例えば、弟Yの口座に振込をしている、弟Yが作った伝票を銀行から提供してもらうなどが必要になるでしょう。
こういった証拠を取得するためには、ケースによっては、銀行に対して、弁護士会照会(23条照会)という制度を利用することが考えられますので、弁護士に相談してみるといいかもしれません。
今回の改正民法はいつの相続から適用されるの?(改正民法の施行日は?)
「2019年(令和元年)7月1日以降」に発生した相続から適用があります。
逆に言えば、2019年(令和元年)6月30日までに発生した相続には適用がありません。
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終わりに
いかがでしたか?
相続では使い込みの問題は非常に多く起こり、関心も高いのでは、と思い記事にしてみました。
争いになる相続のことを「争続(そうぞく)」と呼ぶことがありますが、さわやかな気持ちで終われる「爽続(そうぞく)」になるといいなと思います。
少しでも参考になれば幸いです。
あらかじめ弁護士保険などで、今後のリスクに備えておくことをおすすめします。
弁護士 松本 隆
神奈川県 弁護士会所属
横浜二幸法律事務所
所在地 神奈川県横浜市中区山下町70土居ビル4階
TEL 045-651-5115
労働紛争・離婚問題を中心に、相続・交通事故などの家事事件から少年の事件を含む刑事事件まで幅広く事件を扱う
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