最近は、離婚相談の際に、「夫が勝手に出て行ったので、これは“悪意の遺棄”に当たるので、離婚できるのではないでしょうか?」というご質問を受けることも増えてきました。
皆さん、色々とインターネットなどで調べて、離婚に関する法的知識に詳しくなっているようです。
今回は、法律上の「離婚原因」とされている「悪意の遺棄」についてお話ししたいと思います。
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離婚原因となる「悪意の遺棄」とは?
「悪意の遺棄」の説明の前提として、まず「離婚原因」とは何か、について知っておきましょう。
皆さん、よく、「離婚裁判になった」なんて話を、芸能ニュースなどで聞くかと思います。
このように、裁判所に「離婚したい」と離婚裁判を起こした場合、裁判所が、「離婚する」という判決を下すためには、法定の「離婚原因」が必要とされています。
この離婚原因は、民法770条1項に定められています。
具体的には、以下のとおり定められています。
夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
1号 配偶者に不貞な行為があったとき。
2号 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
3号 配偶者の生死が3年以上明らかでないとき。
4号 配偶者の強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
5号 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
「悪意の遺棄」はこの2号に当たるものです。
まとめますと、離婚原因としての「悪意の遺棄」というのは、妻や夫からの離婚裁判において、裁判所が、「夫や妻の行為は悪意の遺棄である」と判断した場合に、「夫婦を離婚する」と判決を下せるということです。
若干細かいですが、一応知識として、民法770条2項には、「770条1項に掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。」と書かれています。
したがいまして、仮に「悪意の遺棄」があった場合でも、その他の事情も考慮した結果、「離婚は認めない」と裁判所が判断することもあり得るということになります。
「悪意の遺棄」とは?
「悪意の遺棄」と聞くと、「保護責任者遺棄」の言葉のイメージが強いためか、犯罪のような印象を受ける方も少なくないようです。しかし、「悪意の遺棄」は基本的には、犯罪とは異なる概念です。
先ほど申し上げた趣旨からは、簡単に言えば、「夫婦間において、もう離婚するしかないレベルのほったらかし行為があったかどうか」という判断になります。
法的に定義するならば、「悪意の遺棄」とは、夫婦間において、「同居義務違反」、「協力義務違反」、「扶助義務違反」の行為があった場合を指すとされています。
夫婦はお互いに共同生活を歩んでいく以上、一緒に暮らす義務(同居義務)、共同生活において協力する義務(協力義務)、経済的・心身的に助け合う義務(扶助義務)があるとされています。
「悪意の遺棄」とは、これらの義務に反する行為ということになります。
具体的には、ケースバイケースではありますが、「もはや夫婦関係が続けられないほどのほったらかし行為があった」と言えるかどうかが、裁判所において判断されることになります。
「悪意の遺棄」が認められるケースとは?
「悪意の遺棄」に当たるかどうかの判断は、いわばケースバイケースですので、過去の裁判例を参考にするほかないところです。
基本的には、
① 合理的な理由なく(身勝手な理由で)一方的に別居を開始したかどうか
② 話し合いや共同生活に協力しようとしていないかどうか(連絡がついているかどうか)
③ 別居中に生活費(婚姻費用)を負担しているかどうか
が主に判断されているように思います。
例えば、①については、別居開始の理由が出張や療養のためであったり、双方合意のもと別居に至ったり等の事情があれば、これは否定されやすい事情です。逆に、何も言わずに一方的にいなくなった、不貞相手と一緒に暮らすために家を出て行った、等の事情であれば、これは認められやすいということになります。
②については、別居中も話し合いに応じたり、子育ての手伝いをしたり、協力する姿勢が見えたという事情があればこれは否定されやすいです。逆に、一切連絡が取れない、どこにいるかも分からない、協力を求めても無視される、等の事情があればこれは認められやすいということになります。
③については、生活費を十分に支払ってくれている、生活費を支払ってくれないけれどその理由は失業中や療養中だから、ということであればこれは否定されやすい事情です。逆に、別居後一切生活費を入れてくれない、その理由も何も説明がない、ということであれば、これは認められやすいということになります。
①~③については、全てこれに該当する必要があるかというとそうではなく、これらを総合考慮して「悪意の遺棄といえるか」を判断することになります。
例えば、
- 「十分な生活費を入れてはくれているが、全く連絡が取れないしどこにいるかも分からない」
- 「一応連絡はとれているが、長年生活費を払ったり払わなかったりまちまちである」
というケースでも、具体的な事情を考慮して、悪意の遺棄が認められるケースもあります。
家庭内別居(形式的には同居)は「悪意の遺棄」に当たる?
なお、「悪意の遺棄」は、「勝手に出て行って家庭を顧みない」ことを通常意味するため、「家庭内別居」が「悪意の遺棄」に当たるかどうか問題となります。
この点、形式的に同じ屋根の下で暮らしていても、部屋にこもり切りで一切話ができない、生活費も入れない、顔も合わさない、ということになれば、いわば別居していると同視できるので、筆者としては「悪意の遺棄」と判断される余地もあると思います。
ただ、実務的には、仮に悪意の遺棄とまではいかなくとも、「婚姻を継続しがたい重大な事由」(先ほど述べた離婚原因の5号)に該当する(離婚原因あり)、と判断される可能性があるため、この「婚姻を継続しがたい重大な事由」と「悪意の遺棄」との両方を合わせて主張していくことになるかと思います。
過去の裁判例でも、「形式的には一緒に暮らしているものの、仕事を理由にほとんど帰宅しない夫に対する離婚請求」について、「悪意の遺棄とまでは言えないが、同居義務を十分に尽くしているとはいい難い。」として、婚姻を継続しがたい重大な事由が認められるとして、妻からの離婚請求を認めた裁判例があります(大阪地方裁判所昭和43年6月27日判決)。
「悪意の遺棄」の証拠は?
「悪意の遺棄」を立証するための証拠は、「同居義務違反」、「協力義務違反」、「扶助義務違反」を裏付ける証拠ということになります。
例えば、LINEトーク履歴やメールなどで、「なぜ急に出て行ったの?と聞いているのに、全く返事がない」という記録や、「子供が淋しがっているから帰ってきて、と伝えているのに、何も理由をつけずにもう家には帰らないの一点張りである」という記録があれば、「こちらの意思に反して勝手に出ていったままである」という同居義務違反の裏付けの証拠となります。
逆に、「しばらく別々に暮らさないか」と言われて「分かった」と返事をしてしまった記録があれば、お互い合意の上で別居した、ということで、相手側の証拠となってしまい、同居義務違反が認められにくくなります。
また、これまで支払われていた生活費が一切入らなくなった通帳の記録は、「生活費を入れてくれていない」として扶助義務違反を裏付ける証拠になります。
逆に、毎月充分な金額が、生活費として振り込まれている通帳の記録があれば、これは相手側の証拠となってしまい、扶助義務違反がないと判断される可能性が高くなります。
「何度もメールやLINEメッセージを送っているが、相手が無視し続け、電話をかけても一切出ない。
生活費も入れない」という記録があり、長期間にわたりその状況が続くようであれば、基本的には、悪意の遺棄を基礎づける証拠が揃っているといえます。
裁判では時系列などもとても重要なので、勝手に出て行った日付や相手が理不尽なことをした出来事の時系列メモなどもしっかり控えておくようにしましょう。
また、こちらに不利な証拠が紛れていないか、についてもとても重要ですので、実際に裁判を起こして証拠を出す場合には、弁護士を頼っていただくことをお勧めします。
悪意の遺棄の場合、慰謝料請求はできる?
悪意の遺棄が認められる場合、相手が故意に夫婦関係を破綻させたことになりますので、これによって被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料を請求することができます。
離婚裁判との関係でいえば、基本的には、先ほどの民法770条1項に掲げたような離婚原因を、「どちらが作ったのか」によって慰謝料をどちらが負担すべきかが決まる、ということになります。
なので、悪意の遺棄を作出した相手に慰謝料を請求することができます。
慰謝料の金額ですが、これは、ケースバイケースと言わざるを得ません。一般的には、
①婚姻期間がどれだけ長いか、
②悪意の遺棄がどのような方法で行われたか、
③別居中に生活費を入れていたかどうか、
④子供の人数年齢、
⑤悪意の遺棄に至った理由(不倫か性格の不一致かなど)
などを総合考慮して、悪意の遺棄をされた側の配偶者がどれだけ辛い思いをしたかによって判断されることになります。
イメージでは、だいたい50万円~300万円くらいが相場になるかとおもいます。
別居に至った理由が、「喧嘩が絶えずこれに耐えかねて出て行った」ということであれば、こちらにも落ち度があるとして、50万円を下回る金額になる可能性もありえます。
逆に、こちらに落ち度がないにもかかわらず、長い間生活費も入れずに、不貞相手と交際することが目的で家を出ていき、無理矢理別居を続けたようなケースであれば、300万円程度の慰謝料が認められることもあり得るでしょう。
悪意の遺棄にまつわる留意事項
「悪意の遺棄」を実際に裁判で主張するには、相手が積極的に婚姻関係を断絶しようとしていたことを、しっかりこちらが主張立証することが重要です。
完璧に立証を尽くすのは、実は意外に大変なこともままあります。
相手から、「別居するほかなかった。そちらにも落ち度がある」などと反論が来ることは当然予想されますので、「悪意の遺棄」を裁判で認めてもらうのはなかなかハードルが高いのが現状です。
実際に、離婚裁判で「悪意の遺棄」を主張する場合には、これより少しハードルが低いと思われる「婚姻を継続しがたい重大な事由」も一緒に主張するのが得策でしょう。
「悪意の遺棄」は別居が開始されてすぐに認められるものではなく、一定期間別居が継続することが前提となっています。
別居している間生活費を入れてくれないという事情は、悪意の遺棄が認定されやすい方向に使えますが、実際に生活費を入れてもらえないと生活が成り立たない、というケースもあるかと思います。
その場合は、「生活費を入れて下さい」ということで、婚姻費用分担請求調停などの対応を行う必要があるでしょう。原則として調停を申し立てたその後しか、裁判所は婚姻費用を認めてくれません(遡って請求することが原則できない)ので、数カ月も放置することは厳禁です。
また逆に、ご自身の行為が「悪意の遺棄」と評価されることのないように、配慮することも大切です。
例えば、たとえ夫のモラハラなどが理由であったとしても、「一緒に暮らすのが嫌になったので、勝手に荷物をまとめて出て行った。その後の連絡も一切無視している。」という行為は、危ないといえます。
この場合、たとえ夫側に落ち度があったとしても、悪意の遺棄と判断される可能性があります。
仮にどうしても別居したいということであれば、せめて「置き手紙を残す」とか、「別々に暮らしたいと事後的にでも伝える」、「連絡は無視しない」などの相手への配慮も必要です。
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最後に
「悪意の遺棄」について知りたいと思われる方は、おそらく、パートナーとの離婚を視野に入れている方ではないかと思います。
一緒になることを決意して婚姻したにもかかわらず、離婚を視野に入れなければならないということは、それ相応の耐え切れない事情があり、相手に対する様々な怒りや恨み、お子様に関する不安など、複雑な心情を抱えていることと思います。
離婚問題は、法的にどうなるか自体とても複雑で難しく、これに加えて、複雑な感情とどう向き合い整理していくかもまた、とても難しい問題といえます。
離婚のことを誰にも言えずに一人で悩んでしまうとどんどん視野が狭くなってしまい、的確な判断が難しくなる側面もあるように思います。更には、当事者同士で事を進めようとすると感情が絡むため、一向に話がまとまらず長期化する側面もあります。
その意味では、法的にも、感情的にも、うまく事案を早期に解決できるように、一人で抱えるのではなく、是非弁護士などに相談して気持ちを楽にしていただければと思います。
法的知識をしっかり備えることは不安解消にもつながりますので、離婚問題で悩み始めた場合には、泥沼化する前に、是非一度、弁護士に相談してみてくださいね。
あらかじめ弁護士保険などで、今後のリスクに備えておくことをおすすめします。
2008年弁護士登録。
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