交通事故の診断書は取り下げることができる? 取り下げのデメリットなどを解説

「一度警察に提出した診断書を取り下げてほしい」と事故の加害者からお願いされた。

また、依頼された訳ではないが「診断書を取り下げることはできるのだろうか?」という疑問を持った。

ここではそうした疑問にお応えします。

では、そもそも警察に診断書を提出する意味や加害者側が診断書の取り下げを求めてくる理由、取り下げのデメリットについても深掘りしていきたいと思います。

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目次

警察に診断書を提出する意味

警察に診断書を提出する意味は次の2つです。

  • 警察に交通事故を人身事故扱いとしてもらうため
  • 加害者に刑事責任(刑事罰)を追及するため

以下、詳しく解説します。

警察に交通事故を人身事故扱いとしてもらうため

警察提出用の診断書には、傷病名、加療(全治)期間などが記載されています

警察はこの診断書の記載や交通事故当事者から聴き取った話、実況見分の結果などから、交通事故を人身事故扱いとするか物損事故扱いとするかを決めます。

警察が人身事故扱いとしたのか物損事故扱いとしたのかは、担当の警察官に尋ねれば教えてくれるでしょう。

また、交通事故証明書という書類の右下には「人身事故」か「物損事故」かが記載されています。

発行には手数料が必要ですが、交通事故証明書を取り寄せることで、ご自身の交通事故が人身事故扱いとされたのか物損事故扱いとされたのかを知ることができます。

なお、加害者が任意保険に加入している場合は、保険会社が加害者に代わって交通事故証明書を取り寄せています

加害者に刑事責任(刑事罰)を追及するため

交通事故で怪我したことが明らかな場合や怪我した可能性が高い場合は、警察から診断書の提出を求められます

なぜなら、交通事故を起こした加害者の刑事責任を追及することが警察の責務だからです。

警察に診断書を提出し、警察が交通事故を人身事故扱いとした場合、加害者は刑事上、過失運転致傷罪の被疑者となります。

そして、警察は取調べや実況見分などの捜査を行った後、事件を検察へ送致し、今度は検察での捜査を経て起訴、不起訴の処分が決まります。

被疑者が起訴された場合は被告人へとかわり、刑事裁判を経て、有罪の場合は刑事罰が科されます。

過失運転致傷罪の刑事罰は「7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」です。

なお、過失運転致傷罪の場合、懲役が科されることはほとんどなく、多くの場合、禁錮または罰金が科されます

診断書の取り下げを求める加害者側の意図

加害者が診断書の取り下げを求める理由は主に次の2つが考えられます。

  • 刑事罰(前科がつくのを)を避けたい
  • 免許取り消し、免停を避けたい

以下、詳しく解説します。

刑事罰(前科がつくのを)避けたい

前述のとおり、警察に診断書が提出されると、加害者は刑事罰を受ける可能性があります

また、刑事罰を受けると前科がつき、前科がつくと仕事や就職などに影響が出る可能性があります。

以上は法的な影響ですが、それ以外にも、加害者は警察、検察での取調べ、裁判などを受けなければなりません。

加害者はこうした影響を避けたいことから、診断書の取り下げを求めるのです。

免許取り消し、免停を避けたい

交通事故(人身事故)を起こすと、加害者は、民事上の責任(損害賠償)、刑事上の責任(刑事罰)に加えて、行政上の責任を負う必要があります。

免許取り消し、免停は行政上の責任にあたり、免許取り消しか免停かは加算点数に基づき判断されます。

そして、加害者の持ち点や被害者の怪我の程度によっては、加害者が免許取り消し、免停を受ける可能性も十分に考えられるわけです。

被害者の怪我の程度が大きければ大きいほど点数は高く、その分、免許取り消し、免停を受ける可能性も高くなるわけですから、診断書の取り下げを求めるのです。

一度提出した診断書を取り下げることは基本的にはできない

警察に診断書を提出した後、加害者側(加害者、加害者の保険会社)から「診断書を取り下げて欲しい」、「診断書を取り下げて物損事故にして欲しい」などと言われることがあります。

では、警察に診断書を提出した後、診断書を取り下げることは可能なのでしょうか?

答えは基本的には「NO(取り下げることはできない)」です。

一度提出した診断書を取り下げることは難しい

前述のとおり、警察に診断書を提出するのは、加害者の刑事責任を追及するためでした。

では、加害者に対して刑事責任を追及する目的は何なのでしょうか?

それは、加害者に起こした交通事故の規模に見合った刑事責任を負わせ、加害者が今後また同じような交通事故を起こすことを防止し、社会の治安(交通秩序)を安定させることです。

つまり、警察に診断書を提出するのは、究極的には、加害者の刑事責任の追及という「個人」のためではなく、社会の治安の安定という「社会」のためにあるのです。

そのため、一度警察に提出した診断書を、一個人の都合によって取り下げることは基本的にはできません。

なお、大阪府警察のホームページには、一度警察に診断書を提出すると、警察の捜査を打ち切ることはできない旨の情報が掲載されています。

しかし、稀なケースですが診断書を取り下げることができる場合があります。

診断書を取り下げることができるケース

被害者の怪我が非常に軽いものである

病院に行くまでもないような軽い擦り傷や打ち身程度であれば、人身事故ではなく物損事故として取り扱う可能性があります(※事故直後は元気でも思わぬ怪我が潜んでいることがありますので必ず病院には行きましょう)

警察の捜査が始まる前

実況見分や事情聴取など、警察の本格的な捜査が行われる前の初期段階であれば、診断書を取り下げることができる可能性はあります。

いずれの場合も警察の判断によるところが大きいため、管轄の警察署へ確認してみるとよいでしょう。


診断書を取り下げることはデメリットでしかない

診断書を取り下げると交通事故は人身事故扱いから物損事故扱いになります。

そのため、診断書を取り下げるデメリットは人身事故から物損事故に切り替えるデメリットともいえます。

人身事故から物損事故に切り替える主なデメリットは次のとおりです。

  • 適切な賠償金(示談金)を受け取れない
  • 自賠責保険を請求できない
  • 実況見分調書が作成されない

以下、詳しく解説します。

適切な賠償金(示談金)を受け取れない

加害者の保険会社からは「診断書を取り下げても(物損事故に切り替えても)治療費は出します。」などと言われることがあります。

しかし、交通事故において加害者側に負担させる費目は治療費だけではありません。

治療費のほかにも怪我の治療のため会社を休まざるをえなくなった場合の「休業損害」や交通事故によって生じた精神的苦痛が生じた場合の「慰謝料(入通院慰謝料、後遺障害慰謝料)」などがあります。

これらはいずれも人身事故扱いでなければ加害者側に負担させることができない費目です。

交通事故では、むち打ち症のように、たとえ交通事故直後は痛みを感じなくても、事故から数日して痛みが生じ、当初は予想もつかなかった症状へと発展することがあります。

そうした際に保険会社の言葉を信用して診断書を取り下げ、物損事故扱いとしてしまうと、休業損害や慰謝料などを負担させることができず、被害に見合った適切な賠償金を受け取ることができなくなってしまうのです

自賠責保険を請求できない

ご存知の方も多いと思いますが、自賠責保険で補償されるのは人身による損害(治療費など)のみで、物損による損害(車の修理費など)は補償の範囲外です

そのため、診断書を取り下げ、人身事故から物損事故に切り替えると、たとえ怪我をしていたとしても加害者の自賠責保険に対して保険金の支払いを請求することができません。

加害者が任意保険に加入している場合の多くは、保険会社の「一括対応」という対応が取られ、被害者自ら請求の手続きを取る必要はありません。

しかし、すべての加害者が任意保険に加入しているとは限りません。

加害者が任意保険に未加入の場合は、まずは加害者の自賠責保険に対して保険金の支払いの請求(被害者請求)を検討しなければなりません。

その他、示談までに時間がかかることが想定されることから、示談前に一定額の保険金を受け取りたい場合などにも、加害者の自賠責保険に対して保険金の支払いを請求することがあります。

実況見分調書が作成されない

実況見分調書とは、交通事故の状況、交通事故現場の状況などについて、警察官が交通事故現場で見たり、交通事故当事者や目撃者から聴いたりした結果を反映した書面のことです。

警察官が実況見分調書を作成する一番の目的は加害者の刑事責任を追及するためです。

しかし、被害者と加害者との間で過失割合をめぐって対立した場合は、損賠賠償という民事上の場面でも、実況見分調書はしばしば活用されます。

ただ、診断書を取り下げて物損事故扱いとすると、この実況見分調書は作成されません。

そのため、万が一、加害者との間で過失割合をめぐって対立した場合でも、交通事故の状況を明らかにすることができず、不当な過失割合で合意せざるをえず、その結果、適切な賠償金を受け取ることができない可能性も出てくるのです。

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どうしても診断書を取り下げたい方へ

どうしても診断書を取り下げたい方は、一度、警察官に相談してみるとよいでしょう。

前述の通り、提出した直後で警察の捜査も進んでいない場合には取り下げることができるかもしれません。

ただ、診断書を取り下げる場合は前述のデメリットを受け入れる覚悟でいなければなりません。

また、一度取り下げた診断書を再提出することはできませんので注意が必要です。

あらかじめ弁護士保険や各種の損害保険などに加入して、訴訟リスクに備えておくことをおすすめします。

弁 護 士
佐々木将司弁護士

佐々木将司 弁護士

大阪弁護士会所属


グランステラ法律事務所
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